あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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上海万博への道のり ~④

夜の上海世博

各国のパビリオンもLSDや照明を使って美しく表現しています。

個人的には何年も前から予想というか期待していることがあり、それは、
世界中の構造物が照明やLSDの明かりによって夜の新しい絵を持つこと。

数十年前や数百年前の人たちでは見ることのできなかった新しい絵がそこに現れる。

温故知新。

P1030135.jpg

夜に光が少なかった時代の状態を想像するのも悪くないけど・・・

真っ暗の中に浮かび出る安土城とか・・・(信長も光を愛した人の1人でした・・・)

P1030138.jpg

感覚的には愛知博覧会は(スペースが狭いからか?)ディズニーランド的な密接間がありました。

上海は後に街の一部となる予定なのか1ブロック1ブロックがしっかり区画されていて、
それはそれできれいに整頓されてるのですがテンションが下がったり上がったり・・・

P1030132.jpg

広いからバスで移動するのですが・・・ああ・・・次は何かが見えてきた・・・的なノリです。

昼間は鬼のように人が密接しているのでしょうか?

世界中で乗り物が騒がれていますが・・・

移動バスも混み込みです。

P1030129.jpg

誰かが言っていた道端にゴミだらけ・・・はウソのようにきれいでした・・・

P1030134.jpg


さてさて・・・パビリオンの中には入っていないのか?

1つだけ入ることにしました。

その内容は愚痴ることとなるのでまた次回にでも・・・
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| [旅するヨギ]上海 | 09:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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上海万博への道のり ~③

昼間はトンデモ暑いので・・・

ナイト博覧会にした。

P1030092.jpg

さすがにこの時間は入場する人はいなかった・・・

「じゃぁ、空いているかも!」

と、思ったけど・・・人気のあるパビリオンはトンデモ混んでいた。。。

どれくらいかというと。。。

P1030107.jpg
まずは上の写真を見てもらいたい。右側で白く光るのが大人気のサウジアラビア館だ。

ドバイのすべての町を3Dで見れるという大きなパビリオン。はるか遠くにあるのだ。

そして、写真の左下の赤い所までその長蛇の列は続いているのだという・・・

P1030108.jpg
ホントかどうか?望遠レンズで撮ってみたけど・・・

人はいた・・・

ほんの入り口から撮った写真だけど、さっそくパビリオンの中を楽しむのはあきらめた。

外観や雰囲気を楽しもう!

と。

熱気を感じることが重要なのだ。

どうせパビリオンの内容は愛知博覧会と変わらないのだから・・・

iPad の画面の中身の方が彼らもしびれるだろう・・・
(負け惜しみなんだけど・・・)

でも12時まで運営しているってのは魅力的だ。

朝の風景。 昼間の風景。 夕方の風景。 夜の風景。

↓サウジアラビアの隣にあるインド館も神秘的だ。
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↓日本館もつまらないらしいけど大人気だった。
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屋根の所にあるソーラーパネルが特別らしい・・

↓韓国館も文字で作られた外観・・・
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文字の隙間からこぼれる光・・・
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建築物の外観だけで楽しむ人もいるのかもしれないです・・・

少なくとも、混みこみのところで並びたくない分楽しめました・・・

| [旅するヨギ]上海 | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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上海万博への道のり~②

こういった話はいつか物語にしたら面白いと思う。

愛知博覧会から上海博覧会へと繋がる5年間、国と国(官と官)、会社と会社(民と民)が
それぞれ交流し、外交があり、国交があり、お金の流れあり、陰謀ありのサスペンス大作。

当時の日本は靖国問題などあり、政治的には日本と中国はあまり良い関係ではなかった。
(実際はたいした問題なのではないが、発言を有利にするために色々揺さぶりを掛け合っているのだ。)

とはいえ、日本から中国へと進出する大企業も増えてきて、サービス業などもたまに進出を考えている
会社など増えている時代だったのだ。

親族が自動車の整備士やエンジニアの専門学校を運営しているので学生募集などで2000年ごろより
上海などによく足を運んでいたり、会社を立ち上げたりなどしていて政府の方々とも交流があった。

彼らが愛知博覧会から学びたいというので、愛知博覧会関係者を紹介するのをセッティングしたりして
2005年は中国酒を死ぬ気で飲んだりしてたのを覚えている。

あの頃から上海万博で商売で何かしら関わるというよりは、人と人とを繋ぐことに興味が向いていた・・

詳細を語ることは良くない部分もあるのではしょるが・・

あの当時(2005年ごろ)、小泉政権で靖国神社参拝などで中国とは本当に仲が悪かったころ、
官は駄目だけど、民では大きな交流が作れるのだ!

愛知博覧会での知恵とノウハウを提供し、民によって国交が、強い関係が築かれる!

「日中間の歴史に名が刻まれる!」と、ある政治家の人を盛り上げ、政府公認の万博アドバイザーまで
彼はなったりもした。あの発言をしたときは坂本竜馬にでもなった気がして鳥肌がたったものだ・・・

その後・・・

議員の中で、上海万博支援議員連盟なるものもできて、多くの議員が加盟し・・・

愛知博覧会の市民ボランティアを仕切る人々と合流し・・

日中友好支援センターができ・・・

さらにそれがNPO法人化され・・・

自分はNPO法人化された辺りから、NPO法人の代表理事をしていた人
(元々NPO法人を違う名前で持っていたという理由から突然参加してきた人)
の物の進め方がどうしても好きになれなくて・・・

イベントも参加しなくなっていった・・・

正直、仲良くしていた政治家の方が上海万博の名誉アドバイザーに任命された時点で、
大きな発言をした自分の言葉に対する責任の呪が解けた気がしていたのだ。

NPOの代表さんは広告代理店を経営していて・・・経費やら運営に会社の売上を乗っけている
のが明らかだったし、打ち合わせで彼の会社に行くたびに会社の内情が感じれたのだ・・・

後に聞く話では・・・その広告代理店は倒産したらしい・・・

同時に日中友好支援センターは解散して、違う名前で活動中らしい・・・

規模は小さくなったけど、愛知博覧会で市民ボランティアとして活躍した人々が上海万博でも
ボランティアをしているのだ。

当時、何度も打ち合わせをしていたメンバーが上海にいるのだという。

結局、合えなかったけど・・・

それにしても・・・

あれだけ大きな話となり・・・盛り上がったり、勝手にしらけたり・・・
まぁ、所詮、自分が話の中心でないとテンションが上がらないのだ(責任感もないし・・・)。

最終的に1人の観光客として上海万博に参加しているのだからお笑いだ。

言えば、関係者に多くの知り合いがいるんだけど、連絡する気にすらならなかった。

要は気分の問題なのだ。

橋は誰かに架けてもらうのではない。自分で架けるのだ。自分が橋となるのだ。

誰かの架けた橋に渡れば早いよとか、詰めが甘いとか、とろいとか・・・

これは背が低い人の悩みと同じだ。 個性なのだ。

自分の描く絵はいつも未完成だ。

どうせ絵が完成しても飾るところがなければ意味がないことを知っているのかもしれない・・・

見せる場所、見せる観客、見せる時期がそろって完成といえるのだろうか・・・

| [旅するヨギ]上海 | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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上海万博への道のり~①

人にはそれぞれ仕事やプランでやり方というものがある。

料理にしても、旅行にしてもだ。

材料を完璧にそろえ、料理番組みたく切ったり、きざんだり、
皮をむいておいてから料理をはじめる人もいるかもしれない。

行き当たりばったりの旅行を楽しむ人もいるだろう。

分刻みの完璧な旅行シナリオを作る人もいるだろう。

さまざまだ。

自分の場合、まず絵を描く。絵コンテみたく大雑把な枠を書く。

そしてイメージを膨らませて最終の完成状態を想像する。

後は状況にあわせてそれを完成に近づけていく。

時に材料が変わったり、新しい絵が浮かんだり・・・変更をしながら最終状態へと近づけていく・・

これをマルチタスクプランニングと呼んでいる。

時に描いた絵が予想とずいぶん違う絵になることもある。

そんなことは人生よくあることだ。

価値があることや利権、欲望、などの感情が見え隠れすると絵が違うものになりやすい。

ぼけっとしていると(すなわちトロイと・・・)、はじき出される・・・

まぁ、どちらかと言うと、このお話はとろい側の人のお話だけど・・・

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今(2010年8月)では上海はとても暑い・・・日中で40度を簡単に超えているのだ。

それでも毎日、上海万博には人が訪れる・・・・
(聞いた話だと35万人近くの人が毎日いるらしい。。)

それでも、最初の頃は8万人ぐらいしかいなくて政府の人達もあせって
(万博動員人数世界一を狙っているので!)、上海市民全員に入場券を配ったりしていたらしい。

今では毎日、老若男女が楽しめる(すなわちゆるい感じの)パビリオンに何時間も並んでいるのだ。

途中で我慢できずに列の途中でトイレを済ましてしまう人などいて大変だそうだ。
(信じれないけど本当の話。)

中国各地、全国から上海に人が集まってくる。文化も言葉も違う。もちろんマナーも違う。

当たり前だ。ここ100年ぐらいの間、日本も含め欧米列国にかき乱され、文化もプライドも犯され
続けてきた国なのだから・・・我々に非難する権利はない。事実を冷静に見て感情的にならないことだ。

感情的になっている人達がいる。

上海人だ。

彼らは自分達を中国人とは呼ばない。上海人と呼ぶ。

右ならえ教育で統一した日本人から見ればどうかは知らないが、
上海人が万博に来る地方の中国人のマナーの悪さに心を痛めているようだ。

心を痛めているという言い方は少しオブラートに包んだ言い方だ。

万博に行って視界に入ることすら嫌らしい・・・

欧米人もそうだけど、彼らの人種、階級区別は日本人の意識では理解できない。

結局、アメリカでも欧米人のようには自分は振舞えなかった。レストランのウエイターにも
ちゃんと敬意を示してしまうのだ。これが自分流だ、と言い聞かせた。

ただ、彼らにそういった意識が無意識にあるというということは知っておく必要がある。

何十年前まで奴隷制度、女性の選挙権や発言権のなかったのが欧米や中国なのだから。

それにくらべなんと女性に優しい国なのだ、日本は。卑弥呼さまさまだ。結果、男性に甘えて
自立できない人が増えてしまったけど。。。

中国やアメリカは ”セックスアンザシティ” のような自ら力を勝ち取る女性が多いのだ。

と、話はどんどん脱線しながら進めていこう。

あえてどんどん脱線しよう・・・

描いた絵も脱線してぐちゃぐちゃなのだから・・・



| [旅するヨギ]上海 | 10:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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寒山寺のお坊さん

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あれ?中国って、宗教みとめてないんじゃなかったでしたっけ?

まぁ、いいか。

ココは上海から約1時間半くらい車できた、蘇州って町の観光名所”寒山寺”

蘇州は三国志の呉の国の都。

日本でいうと、京都みたいな感じで、古都です。

日本の着物とかでいう、呉服(ごふく)は呉の人々の服から由来してるんですよ。

って、豆知識。。

このお寺は日本の有名な誰それの詩なども置いてあり(教科書に載ってるくらい有名な人)、日本にも縁のあるお寺です。

誰だっけ?李白?杜甫?そんな感じ。。。

そんなことはどーでもよくて、偶然発見!!!

お坊さん達!!やっぱり坊主!

(早朝と夕方にしかお経は唱えないらしく、かなりのグットタイミングらしい。これも、縁??)

見た目は日本のそれといっしょでした。

びっくりはこれからデス/。

彼等のお経は日本とソレとはまったく違いました。

2つ3つの楽器を使って、リズムがしっかりしていて、歌のようにきこえました。

本来、お経は歌だったのかも?って、

んじゃ、今の歌謡曲は現代のお経なんでしょうか?

賛美歌も歌のようにリズムがあるし。。。

日本だけですかね?リズムカルでないのは?

| [旅するヨギ]上海 | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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