あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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無知について

多くの人達と話をしていると、
会話の中で「私は無知だから…」とか、
「何もしらないんです…」
と言う人がいることがある。

『無知』というと何も知らない人と思われがちだけど、
実際はもう少しニュアンスが異なる。

簡単に言うと…
何かを知ったときに、
ある一面しか知らない、
ある一面しか見ることができないことを『無知』というのだ。

例えば…

ものごとを良く知ってそうな人と話した時に、
知らない単語がいっぱい出てきて何を話しているのか全然分からない…という時がある。

この時に、
その話しているのが何かの専門家だったら、
私が知らなくとも関係ないや…と、気にもしないだろう。

しかし、
これが友達や親しい人だとすると、
私は何も知らない!教養がないんだ!
と、怒りがわいてきて自分を攻めて、周りに、
「私はバカ(無知)ですから…」と言ってしまう。

勝手に比較して、自分と周りを比べて勝ち負けを競っているのだ。
そして、知らない負けた自分を嫌っていく…

本当は知らなくて何にも困らないし、
ちょっと冷静になって、その知らないことを質問して知ってしまえば、おしまいとなる。
そして、元々必要ない知識だったから時間と共にすぐ忘れるのだ。

色々なことを知っている人にも問題がある。知識をさらけだしたい、
その知識を持ってない人を上から見下ろして優越感を味わいたい…などが理由の場合がある。

エゴはエゴを惹きつけるのだ。

表面的なことを山ほど知っていても、
干からびた心は満たされない。

自分自身と深く関わる事で、
生活や仕事、趣味で登場する目の前にある物事を良く知ることができた時、
自分は「無知ではない」と言えるのだろう。

と言っても趣味や興味と向き合うのも大変だからピンとこない人もいるだろう。
やはり、
生活に良く関わる知識と言えば、「食」に関してではないだろうか。

さらに、分かりやすいのは「食品」
などの例で、我々は「パン」という
完成された「食品」を知っている。

それがコンビニに売っているのも知っているし、
パン屋さんにも売っていることを知っている。

では、なんで袋に入っていつまでもパン木地がフワフワなのか?

なんで、1年ぐらい常温で置いておいても見た目が変わらないのか?

なんで、表面はいつまでもサクサクして香ばしいのか?

我々は、何にも知らなかったりする。

便利で、簡単に手に入って、
美味しいパンだということは知っているけど、別の一面は何も知らない。

これを「無知」と呼ぶのだと思う。

ビジネスには、
人々の「無知」を利用する物と、
していない物がある。

1つのものをゆっくり丁寧に見ていくことで、
多面的に其の物を知ることができる。

無知を利用するビジネスでは、
お客さんにあまり考えてもらっては困るから、
次々に色んな新商品を用意して
いつも表面的な部分だけを見てもらおうとするのだ。

色んなモノを手放していこうという断捨離は、
手放すこと自体がプラクティスであるけど、
残ったモノをよく見ていくのもプラクティスなのだ。

ココにポイントがある。
どうして、人々はモノのある一面しか見れないのか?

その一面ですら思い違い、
勘違いしてたりするのだろうか?

これが自分のモチベーションだったりする。
ヨガスタジオもオープンして8年目に突入するけど、
この「心の問題」を解決できるカギがあると信じているからだ。

初心を思い出して「ヨガスタジオ」の目指す所を再確認させてもらいました。
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| [YOSHI ' S LIFE]趣味 and 興味 | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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痛みは取り除くもの?受け入れるもの?

世の中には頭痛薬を飲む人がいる。

実は自分は、
一度も飲んだことがない。

でもそれは、
小さい頃より根拠があってのことだったりする。

身体が痛みを必要としているから、
痛みはそこにあるんじゃないの?

擦りむいたら血がでて痛いのは、その場所を意識してバイ菌などに
あまり触れさせないようにするための自然な反応じゃないの?

と、思っていた。。。

って、思っていたからこそ頭痛薬を飲む人を見てビックリした。

てゆうか、原因を探りなよ!
ってのが本心だけど、
痛みの中で苦しむ無知な人には
ネガティブな意見としてしか
通じないから静かに観察していた。

まぁ、バイオハザードの映画に出てきそうな巨大な薬剤企業が医師という営業マンを巧妙に飼いならしている世の中ではこんな意見はマイノリティーなんだろうけど。。

最近、興味深い話を聞いた。

高血圧は自然な状態じゃないかっ!
無理に血圧をさげるように
薬を飲むなんてけしからん!!
と、言っている人がいるようである。

自分も、その人の本を読んでみようと思っている所だ。
まだ読んでいないから、
自信を持って言い分を伝えられないのだけども、
基本は頭痛薬を飲むことと同じ原理だ。

要は、高血圧は悪玉だ!
という風潮を流行らせて血圧をさげる薬を買わせたいのだ。

高血圧が悪でいいじゃん!

そうでない時が来るまで、
薬をじゃんじゃん売ってね!
ってことだったりする。

歳を重ねるにつて血管の管が硬くなり血流の通りが少し悪くなる。
だから、心臓は少し強めに血液を送り出す必要があって、
少し高血圧ぎみになることは全然普通だというのだ。

冷静にきけば最もな意見だ。

さらに、面白いのは・・・

普段、医師は身体の悪い人としか(仕事において)関わらないから、
どっかが悪い人で高血圧な人が多数だと、悪い人=高血圧となり、
逆に
高血圧=悪い人となってしまう傾向があるのだという。

たしかにこれは心理の問題であって、医師の知識を持っている、
持っていないは関係なかったりする。

統計によると、高血圧で健康に長寿な老人は世の中にごまんといるのだ。

しかも、その関係性(相関)はないと、ある医師協会は論文をだしているのだそうだ。

まぁ、高血圧は悪で恐ろしい低い数値を目指そう!と薬をだしている協会と
もめているそうだけど・・・

自分は周りに(テレビ•マスコミ)流されることなく、物事のことわり(理)で世界を見てきた。

そのせいで、日本の常識とは外れていると白い目で見られてきたのも事実だけど、
徐々に、そのウソが表に出てきているような気がする。

さすがに、無知な(←この意味はバカという意味ではなく、何も疑わなく社会やメディアに従順な素朴な人達という意味です)人でも薄々気づきはじめたのかもしれない。

いっとき女性達が求めたコラーゲン入りの食事やサプリも、結局はコラーゲンとして吸収されることはなく、
一度アミノ酸としてキレイに分解されて、そこから一部がコラーゲンとして
使われるってのが常識化してきたし。(だから、コラーゲンを摂るより吸収のよいアミノ酸とったほうがいい)。

糖質ゼロダイエットって騒いでいるけど、みんなが食べているお肉も身体の中でグリコーゲン(糖質)に変化して吸収されてて糖質ゼロじゃないし・・・

簡単に言うと、No Pain, No Gain.

なんだってこと。

やっぱり面倒いけど
(辛いしペインフルだけど)、
物事の真理を見つめるしか得ることはないんだろうな~

上手く痛みと向き合えば
想像を超えるゲインがあるのは事実だけど、その上手くってのが難しい…

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痛みの先に…

幼き頃より…

植物の観察より、大人のエゴを観察する
方が楽しかった。

クラスの女子と遊ぶより、
ミクロの顕微鏡の中の世界や
石器や化石などの古代の時代と
触れ合うことの方が高揚した。

そんなまま…自分自身が大人になり、
多くの人達がひた隠しにしている、
エゴを覗き込む仕事をしている。

この仕事は…
組織や会社や社会をまとめることに…
市場を感じるマーケティングに…
個々を見つめるヨガ指導に…
新しいニーズを生みだす開発に…

まぁ、応用をきかせれば
何にでも役に立つ。

人に対する興味を持てば持つほど、
進化論など不思議な発想だし、
どの生物と比べても我々は
不思議な生き物だ。

我々が溜め込んだ、恐怖や不安という
ストレスは、色々な反応と共に…
形を変えて行き…
痛みを伴って動いて行く

痛みの量を測る基準はないというが、
痛みをゼロにするというのは
どの様な新しい反応を生みだすのだろうか?

痛みを知ることが、
月にまで行ってしまう様な発明を
産み出したのかもしれないし…

同時に…

痛みを知らない人々が、
エゴや戦争を作り出している
のかもしれない。

痛みの研究の先に…
何かあるような気がするのだ。

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正義か。。

『出稼げば大富豪』という本がある。

d1.png

こんな本だ。

ああ、でたな・・・と思っていたら、もう4冊も発行していた。

バリ島に単身で移住して、不動産やら何やらで大成功した人を題材にして、
作者とその大富豪とのやりとりがブログ的な記事にまとめた本だ。

もちろん、作者は元々作家ではないので伝え方やクオリティを求めてはいけない。

しかし、『金持ちお父さん、・・・』のように美談で上手く編集された感はなく、
自分はその大富豪を知っているだけにリアルな本であるのは間違いない。

むしろ、本より実物の方がよりパワフルだ。

だからこそ、バリ旅行というバカンスに、チャンスがあるかもしれない!という淡い期待を
持ち込んで、『バリ島の大富豪に会いに行くツアー』というのが成功しているのかもしれない。

こないだバリに行ったときに、ちょうど『「縁」長線上バリ島!兄貴の原点探訪ツアー
に参加する人達が兄貴の家を訪問していた。

IMG_2133.jpg

人の成功から学ぶことは、『その方法以外の方法でしか成功できない。』的な意見も実際はあるのだけど、
兄貴という面白い人と出会えたりできるツアーはやはり価値はあるのかもしれない。

むしろ、その次へと繋げて個人的な関係へと進むためのアプローチの方が大事かもしれないが・・・

そして、このツアーは3月17日~21日で行われていた。

まさに、震災の後である。

そんな時に何をやっているのだ?という意見もあるのかもしれない。

もちろん、自分もその場所にいたのだけども。。。

最近、震災のあった場所へボランティアに行ってきたという人の話を聞く。

また、被災地の方々に関心を持つわけでなく生活している人々の話も聞く。

色んな人々の話を聞きながら、どこに正義があるのだろうか?

正義とは、正しい道徳・正しい行い・正しい倫理のことを言う。

ボランティアに行っていない人は正しい行いをしてないというのか?
無関心でいる人は、正しい倫理を持っていないのか?

被災地の人々は辛い生活をしているのだ。政府や自治体は何をやっているのだ!
と、不平不満を言っているのは正しい行為なのだろうか?
(自分達が辛いわけではないのに!)

本気で心配に思い、被災地までおもむきボランティアに参加した人達には悪いのだけど、
それは自己満足ではないのか?単なる目立ちたがり屋さん的な行為ではないのか?

そんな、行動力があるのならば、その力と労力を使ってより多く働いて物資や援助に回したほうが
効率はよいのではないだろうか?(はたから見たら地味だし、何かを成し遂げた充実感はないが・・・)

もちろん、何かに精一杯生きていて頑張っている人やそういう時期にある人は、
他ごとに目を、気持ちを捧げる余裕がないのは当然だ。
むしろ、多くの人々はその理解に育む必要があるのかもしなない。

という自分自身もどこに正義があるのか?分かっていないのだ。

ただ言えることは、何がおきても真実を見つめれる広い視野と、流され、パニックに陥らない
静かなココロと、地に足がついた健康な身体が、
何が真実で、何がまやかしなのかを伝えてくれるはずだ。

ポジティブに一歩一歩進んでいくしかない。その行為の先に正義はあるのまもしれない。。。


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伊勢に挨拶に行く。

インドでの挨拶は 『ナマステー』が有名だ。

これはインド人が使っているヒンディ語ではなく、古代の言葉、サンスクリット語になる。

Namaste は、「namas(礼拝)」と「te(あなたに)」が合わさって出来た言葉だ。

日本でも古代より八百万の神(やおろずのかみ)といって沢山の神々として自然にある
すべてのものや我々、一人一人にも神性を帯びた要素があるという感覚を共有してきた。

私の中の神聖な部分が、あなたの中の神聖な部分に挨拶をします。

この感覚が 「ナマステー」 であり、「礼拝」なのだ。

感覚を持つということはすごいことで、よくお参りなどで「願い事をする」人がいるけど、
願いを誓うならまだしも、「願う」とは大きな違いがある。

自分で何とかしろよ! って話なのだ。

自分で何とかするときに、背後で多くの(八百万の)力が見守ってくれているという
感覚を持つと頑張れるのだ。

調子乗りすぎといわれて仕方ないと思うけど、聖徳太子が使った方便なのかもしれないけど、
日本はアジアの東の端の国。

東といえば太陽の昇る側。

象の国、インド。

龍の国、中国。

光を射す国、日本。

その光の天照大御神(アマテラスオオノカミ)が住んでいるのが伊勢神宮だ。

最近はパワースポットという言葉が有名になり伊勢神宮にも参拝する人が増えて商売の神は微笑んでいる
ようだけど、伊勢神宮は特別な場所なのだ。

アマテラスが住んでいるのだから。

こうやって表現すると頭がオカシイ人と思われてしまう。

でも、おかしいのはオカシイと思った人なのだ。

日本という国がどんな国なのかを説明するのによく使うのだけど、
日本人はアマテラスが伊勢に住んでいると信じている国なのだ。

20年に一度、古代の神殿造りで家を建てて、アマテラスは引越しを続けている。

神宮式年遷宮と正式に呼ばれる引越しは、690年に最初にされたといわれ、その後、
1300年間続いているのだ。

我々は長年、目に見えないアマテラスさんを70回以上も引越ししてもらっている。

そして、そのアマテラスさんに会いに行き、挨拶をするのが『お伊勢参り』だ。

江戸時代にはヤジキタ道中で有名な、弥次さん、喜多さんの『東海道中膝栗毛』が
火付け役となり一生のうちに一度は『お伊勢さん』に行くことが流行ったのだ。

自分も海外に住んでいるときにこういった事実を知り、その結果、日本に帰国したら
独り東海道中膝栗毛をすることになる。。。

年末の寒い中、独りで150㌔の道程を5日間かけて歩いて『お伊勢さん』まで行った。

それ以来、毎年一回は挨拶に行くようにしているのだ。(今は車でいきますが・・・)

1300年もの間、見えもしないアマテラスさんを20年に1回引越し続けている国があろうか?

ある意味、我々はファンタジーに生きる貴重な少数民族なのだ(単民族としては人口多いけど・・)。

そして、伊勢神宮に行った人は分かると思うけど、太い木がそびえ立ってるのだ。その木と1300年の
引越しの歴史を感じると鳥肌がいつもたつ。

感覚をもつことが大事なのだ。

感覚さえ持っていれば『願い』など何でも叶うのだ。

確かに無敗の日本が大戦で負けて自信を失って揺れているのは分かるけど、もうそろそろいいでしょ?

経済でもやっぱり昇りつめて技術という光を照らしてきた日本。

後は自信を持って感覚を大事にすれば何も不安などないはずなんだけど・・・

もちろん、象と龍に対するリスペクトはわすれちゃいけませんが。


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