あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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NAMARUPA企画! タミル・テンプル(12)<ナタラージャ寺院⑤>

★ チダンバランのナタラージャ寺院⑤ ★

本堂でのプジャが終わると、隣で本日のメインイベントの始まりだ。

そのイベントの名前はホーマという。

中国に渡り、空海によって日本にも5世紀に伝えられたものだ・・・

宛て字で護摩業(ごまぎょう)と呼ばれる。

京都や高野山でもされているようだ。

自分が知ったのは、手塚治虫のブッタの中でだった。

ブッタのいた紀元前5世紀(2500年前)よりも前には、
火を神として祀るバラモン教がポピュラーだったようだ。

その儀式を特別にしてくれると言うのだ。

有料で!!(笑)

300人いる司祭達も寺院の維持が大変なんだろう…

とは言っても、普通はしてもらえない火の儀式や、
入ることの出来ない本堂の中に入ることなどが
経験できてしまうのがこのヤトラの巡業の旅の凄い所なのだ!!

IMG_3676.jpg


四本の柱の真ん中に四角い火を燃やす台が置かれ、
四本の柱の外側には紐が張られて、その紐には葉っぱがぶら下がっている。

日本だったら、白い四角いのが連なった紙なんだろう。

我々は火を燃やすであろう台を囲って座った。

司祭達はずーとマントラをチャンティングをしている。

我々は、
右手をグーにして手を広げた左手の上に置き、それをひざの上に固定する。

握りこぶしに願いを込めながら、司祭と一緒にチャンティングするのだ。

プジャには主に2種類あるようだ。

火を使ってするのをホーマといい、水を使ってするのをアビシェイカムという。

炎のプジャは手間がかかるからこういう時だけするのだそうだ。
最初からずーっとチャンティングしっぱなしだ。

お供物の食べ物や、木材がどんどん燃やされていく。

最後は煙となり、プジャは終わっていくのだ・・・

しかし、これでプジャは終了ではない…

火の儀式はオプションなので、これから本来の水の儀式、アビシェイカムが始まるのだ。

早朝に運ばれた金の箱が開けられて、
何重にもおおわれた装飾品がはずされていく。

最後に登場するのがクリスタルのリンガだ。

瓶にくまれた水やココナッツミルクや花やら色々用意されていく。
そのクリスタルのリンガに上から聖水をかけていくのだ。
こぼれ落ちた聖水はうまいこと専用の水路をつたって本堂から外にこぼれ落ちていく。
熱心な参拝者はこぼれ落ちていく聖水やココナッツミルクを飲んだりしている。

crystal_shiva_linga_on_lotus_base_ee81.jpg


そして何よりも凄いのが、この水で清める儀式、
アビシェイカムは毎日6回も行われているのだ!!

なんと熱心なことだろうか!!

日本の寺院でも毎日決められた儀式を熱心に繰り返しているのだろうか?

お坊さんと言えば、夜の繁華街での水(酒)の儀式の話ぐらいしか噂に聞かないが、
普段の仕事ぶりについて自分は何も知らないのだ・・・

と、言ってもインドの寺院にいる人達ものんびりしているけど・・・

わざわざ針路を変えてバスで遠回りしてこの町に来たかいがあったといえる。
やはり、意味や背景を知らずして参加しても記念としては残るけど、経験として残らない。

ヤトラの素晴らしい旅は続く・・・
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| [旅するヨギ]インド | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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NAMARUPA企画! タミル・テンプル(12)<ナタラージャ寺院④>

チダンバラムのナタラージャ寺院でのプジャの続きです・・・

①はこちらからどうぞ。

早朝からナタラージャ寺院に集合したナマルパ御一行。
ナタラージャ寺院の特別な僧侶達に誘導されつつ毎日の儀式に参加して、
お祈り(プジャ)をします・・・

★ チダンバラムのナタラージャ寺院④ ★

次の儀式の準備ができたみたいで、横から本堂に入らせてもらう。

北インドでは自分が直接捧げ物をしたりするらしいけど、
南インドではすべて司祭が取り仕切る。

司祭から入っていいよ、と言われて本堂にゾロゾロとみんなで入るのだ。
IMG_3674.jpg

日本でいうお賽銭だけど、南インドでは1つ1つ司祭が仕切っている。

・・・火の煙や額に灰つけたりして、
祭りの後で特に金銀飾られたナタラージャ神に祈るのだ。

そのナタラージャ神の像がある部屋の隣には扉があり、
またその向こうに壁があって、
そこがチナンバランの中心と呼ばれる秘密の場所なんだという。

南インドでナタラージャ神の片足が降り立つのがまさにその場所とされ、
その壁をみても何も見えないけど、
そのスペースには、シヴァ神のエネルギーが存在しているのだという。
shivaimages.jpg
(この写真はナタラージャ像ですが、寺院のものではありません。
神聖な像を撮る事は禁止されているのです。)

みんなそのスペースが見えるのではないかと、
格子状になった隙間から覗くのだけど、
そんな簡単に見せてはくれないし、見えないから価値があるのだろう・・・

とはいえ、
この寺院での内容は本当に濃いものだった。


シヴァ神の化身のナタラージャ神の本堂を中心に、
周りには違う神々を祀っているんだけど、
1つの神の隣に蛇が後ろにいる人物の神の像があった。


ヨガをしていて知らない人はいないであろう、そう、パタンジャリ師だ。


ある意味、像があるのを見て始めて、
パタンジャリ師を短かに感じれた気がした。

初めてインドの寺院でパタンジャリが置かれているのを見た。

いつもパタンジャリ師のヨーガスートラ、ヨーガスートラと
口うるさくクラスで言っている、あのパタンジャリ師にインドで本当に出会わないのだ。

もちろん南インドのアシュタンガヨガのシャラには飾ってあるし、
名古屋のMySOUL8 のメインシャラに進む通路にも飾ってあるパタンジャリ師

patanjali2.jpg


偶像の力は確かに凄い・・・

パタンジャリ師に関して、こんな話があるそうだ。


このナタラージャ寺院にいる専属の司祭達は
ちょっと他の寺院の司祭達と比べて変わった髪型をしているのだけど、
彼等はパタンジャリ師が連れてきた司祭達だそうだ。

はるか昔にパタンジャリ師が北からやって来て瞑想をしたら地面が盛り上がり、
シヴァを表すリンガが現れたそうで、
その後、パタンジャリ師が連れて来た司祭達がこの地でそのリンガを祀るようになったのが始まりだと言う。

どこまで本当か分からないが、司祭達の髪型は確かに変わっているし、
パタンジャリ師が登場したのは嬉しかった。

IMG_3696.jpg

次回はナタラージャ寺院シリーズ最後の回。この司祭達が特別な儀式。

火の儀式。日本で言う護摩(ごま)業、インドで言うホーマを行ないます。。。

そして、旅はまだまだ続いて行くのでした。。。

ヤトラマッフ#12442;

| [旅するヨギ]インド | 18:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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NAMARUPA企画! タミル・テンプル(12)<ナタラージャ寺院③>

ヤトラマッフ#12442;


★ チダンバラムのナタラージャ寺院③ ★

10日間の山車の祭りが終わった次の日の早朝、我々は寺院の前に集まっていた。

まだ日も登っていない朝の5時。

我々は司祭が来るのを待っていると、他の寺院とは違ったヘアスタイルのインド人が現れた。

IMG_3696.jpg

彼等はナタラージャ寺院専属の司祭達で、300人ほどいて色々な儀式をしているのだという。
... 寺院も古く、修繕費や、生活費などで運営が大変なんだろう。

朝一番の儀式に我々は参加した。

ナタラージャは踊るシヴァ神で、シヴァを表すのは御神体と言われるリンガ(男根)で、
特にこのナタラージャ寺院ではクリスタルでできたものを祀っている。

最初はシヴァの妻であるパールヴァティ神が祭られている場所に集合した。

妻の元にいるシヴァリンガを中心の本堂に戻すことから朝の儀式は始まるというのだ。

シャン、シャン、シャーン、と激しく鐘音や楽器の音がすると共に、金の箱が運ばれていく。
中にクリスタルのリンガが入っているのだ。

crystal_shiva_linga_on_lotus_base_ee81.jpg(この写真はイメージですよ。)


シヴァ神が本堂に運ばれ箱から丁寧にだされている間、我々は外で待つ。
まだ夜明け前なのに、外には朝一番プジャ(お詣り、お祈り)を待つ人々がすでにいる。
インドの寺院はそれぞれ様々なようで、共通したスタイルを持っている。

本堂があり、そこにメインとなる神がいるんだけど、その本堂の前には必ず動物がいるのだ。

その神が移動する時に乗り物としている動物がそれぞれ存在する。

このナタラージャ寺院では、
ナタラージャはシヴァ神を表す数ある姿の1つの姿だから、
ナンディという名の牛がヒザを折って座って待っているのだ。

b0ffc445631a079c05593fcb0ffd95d1.jpg
(これもナタラージャ寺院のナンディではないです。イメージです。)

ガネーシャだとシムカという名前のネズミだったりする。

ヴィシュヌ神は鳥のガルーダでバリの飛行機会社の名前とかに使われているのです。

その動物は、神を運ぶという行為から神のエネルギーを地上へ召喚する、
すなわち、変化させるという意味あいを持つとされ、
お祈りに来た人々はナンディに触り、神の力をナンディを通じて得ようとしていた。

この寺院の面白い構造をしていて、
ナタラージャ神の前のナンディの辺りで左を見るとヴィシュヌ神の建物が見えて、
同時にインドの3大神のうち2つを同時に見ることができるのだ。

そんなことを思って待っていると、段々と空が明るくなってきて、
自分が大きな建物の中にいると思いきや、
別々の別れた建物の下にいるのが分かった。

なんせ明かりといえば所々にある火ぐらいなのだ。。。。

この町の唯一の観光地がこの寺院なわけで、人が払うお布施で運営しているのだから、
所々、補修できていないのを感じた。

逆に・・・8割の人々が集まらない場所に本物感を見いだしてしまうのは自分だけだろうか?

その④へ続く・・・

| [旅するヨギ]インド | 11:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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NAMARUPA企画! タミル・テンプル(12)<ナタラージャ寺院②>

ヤトラマッフ#12442;

チダンバラムのナタラージャ寺院②


5台の山車の中心で1番大きい山車にはナタラージャ神
(ナタは踊る、ラージャは王で、ダンシングシヴァと言われる)がいる。

神々は普段神社の中に住んでいるのだが、
祭りはその神社から外の町に神々を連れ出すことを呼んでいるようだ。

・・・いつだったか子供の頃に、夏近くになると近所で神輿をかつぐことがあった。

普段家で食べれなかったお菓子がもらえるから参加していたのだけど、
字の如く、神輿は、神の乗り物なのだ。

近所の神社が主催していたのだろうか?

意味を理解せずに参加していたのは残念だ。

日本は敗戦後、すべての文化を失ってしまったのか?
それとも、最初からインドの儀式の猿真似だけをしてきたのか?
分からないけど、100年も経てば日本はアメリカの様にお金がすべての文化になってしまうだろう。

伊勢神宮で行われている20年に1回の神の家の引越しがることにはびっくりしたけど、
日本でもインドでも、神々を車に乗せて街にお披露目する行事がずっとあることすら知らなかったのだ。

そんなことを考えながら、山車を引くのに参加した。
IMG_3669.jpg

見ていると、山車を押す人と山車から出ている太い綱を引く人がいる。

激しい音楽と共に老若男女入り混じって綱を引いた。
少しの距離を移動すると、その辺りのお店の人達だろうか、
果物や花などのお供物を山車のナタラージャ神に捧げられていた。

山車の上にいる子供も下を見下ろしながら、「写真は駄目だよ!」
と、観光客に伝えている。

自分も、これは見世物じゃないよ!神が乗っているんだよ!
写真を撮るなんて駄目だよ!と、道行く人に真剣に怒られた。

この真剣具合が心地よかった!

くだらないメディアが作り出した常識の中で、どれだけ生活しているのだろうか!
我々は!

ナタラージャ寺院篇その③へ続く・・・


| [旅するヨギ]インド | 16:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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NAMARUPA企画! タミル・テンプル(12)<ナタラージャ寺院①>

ヤトラマッフ#12442;

旅は続く・・・

チダムバラムというタミルナード州の町。

オーロヴィルから南へ80キロ近いこのエリアはヒンドゥー寺院が多い。
予定的にはオーロヴィルへ行ってから、南下してこの町へくる予定だった。

しかし『10Days Chariot Festival』というイベントがある事を我々は知り、
急遽予定変更。4台のシャトルバスと共に行き先を変えて、宿泊予定も変更して、
チダムバラムに向かったのだ。

寺院をまわりながらインドの文化を感じる。

特に年に数回しかない祭りがあるというならば、急遽予定を変更するのだ。

これが、旅の醍醐味ともいえる。


◇ チダンバラムのナタラージャ寺院 ① ◇

チタムバラムにおいては、ナタラージャ寺院が唯一の見所と言っていい。

そして・・・

水晶のリンガ、ナタラージャ像、
そしてナタラージャの片足が降りているというスペース(アカシャ)、
を中心に持つナタラージャ寺院がチナンバラン唯一の見所と言っていいようだ。


我々は山車が出回るフェスティバルの時期に居合わすことができた。

寺院を中心に広がる門前町に大きな山車が練り歩くのだ。

IMG_3698.jpg


農作物が刈られた後に行われるらしい。
バリ島は3作毛だけど、南インドは2作毛のようだ。
年に2回、豊作を祝い、神々が町を徘徊する・・・

寺院に住まう5つの神々が車に乗って町を徘徊するのだ。
アジアの西のインドで伝統的に行われている行事が東の端の日本でも伝統的に行われている。
去年、祇園祭で山車を見たばかりだから、びっくりした。起源はここインドにあったのだ。

日本でも、祭りで大勢の人達がフランクフルトやタコ焼きを出店で買っているように、
インドでも大勢の女性たちが寺院を囲む道にずらっと並ぶ出店で髪飾りや日用雑貨の出店に群がっていた。

祭りといえば子供であろう。
神々との交流に喜んだり、願い事をするのは主に大人だからだ。

そんな大人に付き合わされる子供は交換条件におもちゃをねだる。
おもちゃで遊びながらも、しっかりと冷静な目で大人を観察して、身をもって感じているのだ。

大人のしていることが、いかに大事で真剣なのかを・・・

今の日本において、大人と子供の間でのコミュニケーションが真剣にされているのかどうか?
とても不安になった。

みんな真剣に今を生きているのは変わらないはずだ。
それが伝わっているのだろうか?

ナタラージャ寺院篇②へ続く・・・

| [旅するヨギ]インド | 14:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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