あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

2010年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年08月

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三重県は四日市に行ってヨガ指導してきました。

ウエディングの会社を運営する(株)シャンテさんよりのお願いでヨガレッスンを行ってきました~

名古屋と四日市にそれぞれ結婚式場を運営しているシャンテさん。

レストランから受付まで色んなスタッフが関わる仕事。

予想通り、老若男女で構成されていました。

その日は会社を上げてのレクリエーションの日だったようで、その最後をヨガで閉めたとのことでした。

みんなほとんどヨガが始めての人々でした。

周りがほとんど会社の同僚とあれば
リラックスはしているのですが、周りが気になって心がざわついてしまいます。

せっかくなので会社の同僚の方々が全員で声を出していく・・・

同じポーズをしていき、呼吸を合わせていき、「痛い!」とか 「伸びる!」とか
色んな思いをシェアしてもらえたらとヨガを指導してきました。

ヨガを始めてするという人々が多いので責任重大です。

自分の心の動きや身体の動きに集中してもらい、単なるポーズのエクササイズではないと
知ってもらう為には最初が肝心です。

今回もRIE先生がお手伝いに来てくれました。
IMG_0885.jpg

鈴鹿出身のMAYUMI先生も忙しい中かけつけてくれました~
IMG_0886.jpg

最後は全員がぐったり、うっとり、まったりのシャヴァーサナです~

IMG_0884.jpg

自分もそろそろ、四日市にてヨガ指導を始めようと思います。

近くに住んでいる方、楽しみにしていてください~

もちろん、我が社にもヨガを!という方はこちらに連絡してください!

↓↓↓
MySOUL8 Yoga School

ヨガ講師がお伺いします。
単に運動不足だから社員に運動を!という方は、ヨガインストラクターにお願いしてくださいね~
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| [ヨギの独り言]Yoshi ヨガクラス | 11:56 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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抑圧について考える。

プレッシャーは必要だ。

プレッシャーとは圧のこと。

圧は熱を作り出す。(圧力釜がより強力に熱を閉じ込めるように!)

熱により不要なものはカスになり、必要なものが活性し始める。

時に、強すぎる圧と熱は活性しすぎて必要なものまで燃えつくすが・・・

人体においては、胃がやられたり・・・
感情のアップ&ダウンがコントロールできなくなってウツになったりする。

強すぎる抑圧や抑制を受け続けて育つことはよいことなのだろうか?

最近、そればかり考える。

決して子供がいたりして、その子をどう育てよう・・・というわけではない。

将来の子供教育に興味があるだけだ。

将来の日本と関わる者達に興味があるだけだ。

やっと周りの同級生達にも子供ができたりして大人となってきた。

大人と呼ばれる人となってくれた。

冷ややかに彼らを観察させてもらっているのだが・・・

30歳~35歳になっている彼らを見て初めて学べることがある。

50歳~60歳の人々を見て学べることがあるが、その原因となる
40歳~50歳の時代、その前の30歳~20歳、10代、幼年期、
を知らないとどのような教育がよい人間形成をするのか分からない。

すなわち、我々の幼年期に流行した勉強法や受験スタイルなどが
良いか悪いかなんてことは何十年か経って、彼らが大人にならないと分からないのだ。

もちろん、周りの環境、友人、持って生まれた能力は別として・・・

もしかしたら、ゆとり教育は素晴らしいかもしれないのだ。ただそれは何十年か経ってからじゃ
ないと分からないし、駄目だった・・・・では、国が滅んでしまうのだ。


だから最低限、知りたいのは傾向なのだ。

小さい頃より詰め込み教育をするのは良いか?

この質問に対して自分の答えはイエスだ。

『三つ子の魂百まで』

というが、3歳付近で脳に集中して教育しないといけないと思う。

しかし、抑圧、抑制をし続けるのはいいか?

この答えに限っては懐疑的だ。

自分は幼稚園受験から始まり、中学受験、大学受験と一般的英才教育環境にいたので
周りにもそういう環境の友人が多い。

自分に限っては、高校3年の時点で名古屋大学の理系進学を強行的に中止し、
東京に行く!といって文系に転向したので
このくだらない輪廻を断ち切ったタイプだから当てはまらないけど・・・

それでも小さいころより塾だのなんだので勉強漬けだった。

周りにもそういった人々が多い。

彼らや彼女らを見ていると・・・ 傾向的に『飛ぶ』のだ。

中高時代も、「発狂」する人々がいたけど、それに近い。

小さい頃より意味も告げられぬまま、ただ記憶と勉強をさせられ、
テストに合格しなさい!と、抑圧されてきたからか?

単にワガママに育っただけなのか?

身体と心の関係性が希弱になってきたか?(年齢と共に・・・)

特にお酒に飲まれる人々が多くなってきた。

本人達によると、記憶がまったくないらしい・・・

自分は体力、精神力、共に20歳頃よりまったく弱くなった
気がしないので、誰もがそうなるのなら本当に怖いのだ。

あんな状態になるぐらいなら生きていたいとは思いたくないし、
酒は止めないとと思ってしまう。

仏陀が酒は止めよという意味が少し分かる
(2千500年前の酒とはどのようなものを言うのかわからぬが・・・)。

小さい頃より、勉強!勉強!テスト!テスト!と育ったがゆえに、
抑圧と抑制を繰り返してきたことがゆえに、
○と×では答えられない問題がでてきた時に精神がフリーズするのか?
お酒などの刺激物によって人格が豹変するのか?

記憶と紙と鉛筆による2次元の教育には基本大反対だけど・・・

知識は智慧を育むことは必要条件だ。

すなわち、何を育むか?何のために育むのか? の目的なき知識がよくないのだけど・・・

その目的を探す為に全体的にすべての教科を勉強するのだ。ていうか把握するのだ。

最近、運動医学を研究しているドクターと話をした。

最近のトレーニングでは静的ストレッチはしてはいけない!

という論文が出てきているらしい。。。

また、『ノーストレッチ』とか言って流行らないことを祈るが・・・

運動前に筋肉の局部を長いこと(30秒ぐらい)伸ばしっぱなしに
することが、その後の運動において肉離れなどを起こしやすく
するのだそうだ。

当然だ。 ストレッチは字の如く、外的刺激によって抑圧して
伸ばすことだ。伸ばした状態でしばらくいるのだ。

自分は前からストレッチは動的ストレッチに限る!と、過去のケガの
経験から言っているけど、筋肉や関節が緩んだ状態や、固まって
こわばった状態を作ることはあまりよくないのだ。

ストレッチ と ウォーミングアップ は違うのだ。

ストレッチは良くないなどというフレーズが流行すると、
単純にヨガも良くないって言う人がでてきそうで怖い。

そう言う人は、自分の世界において完璧なのだ。

自分も完璧だと思っているが、
いつも、「現時点で」という限定条件がつくのだ。

過去、現在、今、未来、の感覚が鈍い人は怖い。

そんな人々と同じベクトルで明日に向かって生きていくのは苦痛だ。

自分もその恐怖の抑圧に耐えられない日が来るかもしれない。。。

それでも、がんばって苦痛を乗り越えようとしてしまうのかな・・・

| [YOSHI ' S LIFE]趣味 and 興味 | 10:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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行動と反動 (ACTION&REACTION)

なにか行動を起こすと、必ず反動がある。

とはいえ、
毎日の生活でのほとんどの行動は無意識だ。

ため息ですら誰かが気づいてくれないと、したことに気づかない。

時に観た映画すら覚えていなくてレンタル屋さんから借りてきて、
ああっこれ見た気がする・・・っていう反動をする人もいるぐらいだ。

景色として見たぐらいなのだろう。。。

だから・・・

その行動がどのようなものだったのか?

を、知りたかったら、この反動を見ると良い。

むしろ反動を見ることぐらいしかどのような行動だったのかが分からないのではないだろうか?

基本的な行動は形に表れる。

身体の行動は動きに現われ、
心の行動は表情や動きに現われ、
言葉の行動は大きさやトーンやリズムに現われる。

これらの情報を得ることが難しい、メールや電話がどんどん普及すると
反動を見る習慣が減っていってしまう。

もちろん、トーンやテンションが分からないのっぺりとした2次元の奥ゆかしさ
が文字にはあるから手紙など、すべてを悪く言っているのではない。

それでも、読み手の能力に左右されてしまうのだ。
反動を観察する習慣。反動から学ぶ習慣。それによって鍛えわる感覚。
この感覚が少ないと、本を読んでも状況や繊細な動きが想像できない。

やはり読む人によって内容の厚みが変わってきてしまうのだ。

だから現代人は本を読まなくなっている。読んでも、状況が想像しやすい
書き方をしている本を選ぶのだ。

情報を少なくして、繊細な状況や臨場感を想像で感じさせる本が
素晴らしいのだが受けて(読者)の受信アンテナの感度が悪いので
仕方がない・・・

この観点から売れる本が素晴らしいとは言い難いのだ。
(話はそれたけど・・・)

前にブログでも書いたけど、
感情豊かな人と、表情豊かな人は違う。

人はつい、表情豊かで人懐っこい人を暖かい人と思い、
冷静で表情があまりない人を冷たい人と思ってしまう。

脳学者の茂木さんも言っていたが、心の暖かさは知識の量に
比例する。多くの事柄を知識で持って色んな角度で見れるから
柔らかい心が産まれるのだ。

表現が豊かでないと行動のリアクション(反動)なども
顔にすぐでてしまうのだ。
純粋さがでるのではない。豊かどうかが反動として分かるのだ。

まぁ、話は少しそれたけど・・・・

ああ、仕事とは?についてだった。。。

なぜ行動が大事かというと・・・

それが必ずリアクション(反動)を伴うから。

そのリアクションから分かることが多い。

とはいえ、中々、無意識に過ぎ去る日常の行動を大事にしてあげるどころか、
行動すら覚えていないのだ。

だから!

真剣に励まねばならないとされる、「従事する仕事」というのが大事になってくるわけです。

1日の3分の1ぐらいは真剣に、意識的に、集中して仕事に励むこと。

これが重要なのです。

そして、残りの3分の1で、
その真剣に行動したことによる反動(リアクション)から自分を見つめ直し、何が自分に必要なのか?

自分がどのような状態なのか?

という整理をすることをしたり、さらに残りの3分の1で脳の、記憶の
整理とも呼ばれる睡眠をとったりするのが大事だということです。

形式的なものはどうでもいい、スーツを着ているから仕事しているとか、
家でふらふらしているとか、遊んでばかりいるとか・・・

している内容を従事するものとし、真剣に行動していれば・・・

真剣に行動していれば、
反動(リアクション)を感じるためにヨガが素晴らしい道具であることが分かるだろうけど、
ヨガの練習をすることによって
真剣に行動することが大事だと分かることのほうが一般的かもしれない。

まぁ、卵が先か? 親鳥が先か? の水掛け論なんだけど・・・

一般的には、まさか色んなポーズをとっていくヨガからそんなことを学べるのか?
ヨガって美容のためじゃないの?
ダイエットのためじゃないの? 
身体を柔らかくするためのものじゃないの?

って思うのが一般的なイメージかもしれない。

そんな分かりやすいイメージ通りのものが何千年も世界中で支持されているわけがない。

想像を超えるような内容が含まれているから場所を構えて伝え、教え、励ませているのだ。

ちゃんとしたリアクションを見つめられるように・・・

| [ヨギの独り言]独り言 | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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思考力テスト

学校などの学歴はいいけど、話題ばかりで結果をだせない人が多いのはどうしてだろうか?

脳的に言えば、IQが高いことが学歴があるとみなされている。

学歴があるのに知的欠陥がある人が多いのは、愚かな行動をとる人が多いのは、どうしてだろうか?

日本の学歴とは、主に記憶力が中心で決定されているようだが、
IQは基本的に論理的思考能力、抽象的思考能力、学習能力、記憶力、などから判断される。

まぁ、これらの基準に忍耐力や継続的思考能力などの実生活で必要な判断をするための
合理的な環境適応能力は含まれていないのが現実だ。

これらが必要だと考える思考すらないのが現実だ。

競争の結果が大事とされ、○か×を選ぶことが大事とされ、過程を大事とする習慣がなくなった。

確かに生まれつき頭の回転の速い人、生まれつき記憶力のいい人、生まれつき想像力のいい人。

色々いる。

しかし、大事なのは過程だ。元々、80点の人が90点となるのと、50点の人が80点をとること
の違いは何であろうか? 努力の量、その結果からの自信の量。計り知れない。
元々の能力に頼って楽に生きていることの方が、合理的な環境適応能力は育たない。

もしも、周りに有名大学を卒業したって人がいたら聞いてみるといい。

「大学卒業後、何を学びましたか?」

そもそも、日本においては大学時代に何かを学べても、大学自体では学べるシステムは乏しいのが現実だ。

ある人が言うかもしれない。「バイトをしました!サービスについて学びました!」

「それが今、どのように生活、仕事に活かされていますか?」

「・・・・・・・」

となる。そもそも、バイトをしている瞬間にサービスについて学ぼうと接客本などを片手に
バイトをしている人が少ない。サービスについて学びましたとは、後から振り返ってのことだ。
学んだに違いない。ということだ。その瞬間に、その環境に合理的に適応しようとはしていないのだ。

バイトを止めるときに、惜しまれただろうか?

「・・・・・・・・・・・・・・」

これからの社会で必要とされるのは、『知能を持った人よりも衝動的な行動を控え熟慮できる人』
なのだ。

もちろん、合理的に考えて環境に適応できる為には知識は必要だ。

しかし、合理的に考えればどんな知識が必要かはわかるはずだ。

しゃべれないのに英単語を脳の日本語に作用する中枢に覚えさせても時間も無駄なのだ。

そんなことに時間を費やすのなら、字幕なしの映画を何度も何度も見て聞いたほうがました。

しゃべれないのに、難しい英単語を覚える意味が分からない。

そんなことに疑問をもたない人の思考が分からない。

疲れるから考えたくないのだろうけど、分かりたくない。

さてさて、簡単な思考力テスト。

制限時間はトータル30秒。

【1】
りんごとバナナの値段は合わせて1100円。りんごの値段はバナナの値段よりも1000円高い。
バナナの値段は?

【2】
5台の車で5個の製品を運ぶのに5分かかる。では、100台の車で100個の製品を運ぶのには何分かかる?

【3】
ある池には蓮(ハス)の葉が植えてある。毎日その葉は増えるのだが、葉の面積は前日の2倍となる。
ハスの葉がその池全体を覆うのに28日間かかるとすると、池の半分を覆うのには何日かかったのか?


さてさて、答えは後日・・・
オリジナルの問題よりも簡単にしているつもりですが・・・

| [ヨギの独り言]だから脳について考える・・・ | 10:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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イベントを利用させていただく。

男は背中で語ると言いますが・・・

ヨギこそ背中で語ります。

個々の練習により溜め込んだエネルギーが見えるのは背面なのです。

口では色々言いますが、多くを学べるのは、やはり背中からです。

表面的な同情、哀れみ、共感、それもいいですが。

表面という言葉は不適切かもしれません。

『一時的な』 が正しいのかもしれません。

それらの感覚は学びというよりは、学びと学びの間の休憩のようなものです。
すなわち気休めです。
気を引くためにある程度の共感は必要かもしれませんが・・・・

もしも、何かを知らないから知る為に学ぶのであれば共感すらできるはずがないのです。
・・・・なぜなら・・・知らないから。
知らない人が学ぶ時に、その先生に共感できる方法は2つ。
1つは同じく知らない人から学ぶこと(すなわち偽者です。でも彼らは知らないだけに
共感を得る方法は素晴らしく、見えないものを見えるといったり未知の力を感じたりします。)
もう1つは、有名という名声から来る共感。有名だから間違いないだろう・・・
これも桜ばかりだったら根拠のないものですが、素晴らしいに違いないだろうと感じることが出来ます。

何がいいたいかというと・・・

受けて(習う側)は何も知らないということです。

だから伝える側は重い、重い責任感を背負います。

ヨガの内容を伝えるのも大変ですが、伝え方を伝えるのも大変です。

見たことのない世界を見せないといけないのですから・・・

なので、伝えての背中
(背中が見えるくらい近くで伝えているところを見るという意味ですが・・・)
を見て学ぶことはとっても重要なのです。

そして・・・
背中から学ぶためには体験しないといけないし、
その人が何をしようとしているかを知っていないといけないし、
自分の意見やエゴは置いておいて深く観察しないといけないです。

すなわち忍耐が必要となります。

こないだ、NaYOGAの坂野さんの紹介でグリーンプロジェクトのヨガのクラスを行ってきました。

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せっかくなので、
自分が講師指導している生徒さんにもアシスタントでお手伝いしてもらいました。

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もちろん、その場でレッスンを受けることも講師としての勉強になりますが、
その場の雰囲気、クラスの流れの運び方、言葉のイントネーション、アクセント、アジャストメント・・・

近くで同じ目線で見ることも、とても勉強になります。

こういった影響から・・・気づくと自分自身も同じようにレッスンをするようになっているものです。

自分も習った先生のクラスを受けて、受けて、受けて・・・・

アシスタントの経験をしたり、通訳したり・・・

その先生の方向性や伝えたいことを理解し、よい部分は自分にも吸収してきました。

これは講座やワークショップで説明できない学びです。

手伝ってくれた方には報酬はありません。

損しているのでしょうか?

少しでも心に報酬もらえないかな? とか、
参加したいけど面倒だな? とか、
何の得が私にあるのだろう? とか、
参加者の数によって行くか決めようかな? とか、
人前に出るのが恥ずかしいな・・・ とか、

なんてことが浮かんでもらえたら、学びの要素があります。
学びの意欲は低いですが・・・

ちなみに、自分が頂いた報酬は全部、寄付(ドネーション)します。

このワークショップでのすべての行いが、またよい行いへと繋がるようにと。

カルマヨガの最も簡単な実践だと思っています。

時に学んでほしい!ほしい!ほしい!
がプレッシャーになりすぎてしまうのでは?と不安になりますが・・・

吸収するのは個人差があるので仕方ないかと。

何もないよりはましかな?と・・・

そして、結果的に!
ワークショップやイベントの参加者の皆さんに感謝できるわけです。

本当にありがとう!と。。。。機会がなければ気づきはないので!

とても簡単に出来る素晴らしい世の中、美しい世の中の擬似的なモデルです。

理想ですが・・・その理想が作り出せる環境にまた感謝です。

| [ヨギの独り言]ワークショップ | 10:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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7月のMyクラスのテーマ

Forward into the Past (過去の自分との対話)

 前屈という動作は、日常のどの動きにも深く関わっています。 私達は何かを拾う動作をする時には、たとえ体を反らして(後ろの)何かを拾うことが出来ても(一度ターンをして)いつも前かがみになって何かを拾ったり、職場、自宅、映画館やどこでも、椅子に座る姿勢も前かがみでしょう。 日常生活では前かがみになる動作の時はほとんど無意識ですが、ヨガのアーサナとして前屈する時には自分自身のハムストリングスやお尻の筋肉の堅さや、腰の下部の神経過敏、一見突発的に湧き上がってくる恐怖、怒り、悲しみなどの感情に気づきます。 多くの生徒達は前屈系のアーサナは困難なものとして扱い、身体の背面を伸ばすことから起こるこれらの肉体的、精神的不快を最小限にする為に前屈系のアーサナを避けようとします。 

 前屈系アーサナは過去の自分と向き合う作業です。関節、筋肉、臓器、そして身体の他の組織に長い間をかけて影響を及ぼしてきた根深い潜在意識における問題を浄化する機会を与えてくれているのです。前屈系アーサナは仙骨、骨盤、股関節、そして鼠径部(そけいぶ)辺りに位置するスワディシュターナチャクラ(第2のチャクラ)を活性化します。 スワディスターナチャクラは、創造力と性的能力に呼応し、自分達と子供達との関係性に、ロマンティックな性的に生産性のある相手との関わりあいやビジネスのパートナーとの関わりに関連してきます。 前屈系アーサナを練習することにより、我々の生活において関わってきた人々や出来事によって生まれた過去のカルマと度々向き合うことになります。 これらのカルマが原因となり、我々の創造力や性的能力を表現することから遠ざけるような感情的執着や、それによる恐れを身体と精神に帰依していきます。  前屈系アーサナを行っている間に湧き上がる感覚と感情を良い悪いの判断なしに、それを否定したりそれから遠ざかったりすることなしに意識することによって自分と相手との関係を再構築し、過去のカルマへの執着から解放されて、第2のチャクラは浄化されます。

前屈系アーサナはフィジカル的(身体的)にも大変よいのです。お腹辺りの腹圧により分泌線や内臓器官の調子を整え、消化を促進させ整理痛を和らげます。これらのアーサナは、ハムストリングスを含む背後の筋肉を解放させることで、股関節を屈曲させる(コアマッスル)ことや身体全体の前面の筋肉を強くし整えます。 多くの人々が何度も太陽礼拝をすることより身体を前屈して数分間じっとしていることの方が苦しいと感じます。 これは肉体的な稼動域の限界かもしれませんが、また、前屈をするという状態が謙虚にあるということであり、身を委ね手放していくということを表しているからでもあります。 継続的な前屈系アーサナの練習は謙虚さ、忍耐力、持久力、そして集中力を高めるのに役立つでしょう。

坐った状態の前屈ではウッタナーサナにおいては足全体だけに作用していたのがが、パスチモッタナーサナにおいての脚の裏側とお尻に作用するという点で異なるでしょう。 すべての前屈系アーサナの好ましいアライメントとしての1つの重要な要素として、足、脚、そして胸が無意識であってはならないということです。 足首が曲がっていたり、指先が伸びていたりしていても、足に気が配られていて安定している状態です。  多くの前屈において、脚の後ろ側が伸びているときはモモは引き締められています。 胸辺りはくぼんだ状態であったり、閉じた状態であってはいけません。肩甲骨は背中の方へ引き下がっているべきです。 アーサナにおいての動きはたいてい、吸う準備呼吸と共に胸の中心から始めます。 一般的には前屈系アーサナは吐く呼吸で深められていき、吸う呼吸で再編成と再活性します。

(補足:この前屈はアシュタンガ・ヴィンヤサヨガなどでみられる背中を丸めてする前屈というよりは、アイアンガーヨガなどで見られる背筋を伸ばして、伸ばしたまま身体を傾けていく前屈スタイルのように思われます。しかし、どちらも共通するのはバンダを意識的に引き締めることが重要だということです。胸郭を効率的に引き締める(ウディヤナバンダの一部)ためには肩甲骨が引き下がっている必要があるのです。さらに足首がアクティブになっているというのはコアマッスルが足先からしっかり引き上げられているということ。すなわち、ムーラバンダがアクティブになっていることを指しているのだと思います。)

あなたが前屈にあるときに否定的な思考から解放され、心が至福で満たされ、周りの者への寛大さで包まれるのであれば、怒り、非難、恨みなどの感情を手放せ始めているといえるでしょう。 練習を通じて、周りの人々のあなたへの接し方は、過去においてあなたがしてきた接し方に帰していると気づくでしょう。 前に身体を傾け縮ませるということは、あなたが未来へと身軽に前向きに自分を解き放つために過去の現象を浮きださせ浄化する機会を与えてくれているのです。

| [ヨギの独り言]Yoshi ヨガクラス | 11:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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グリーンプロジェクトのヨガワークショップ

多くの皆様。参加ありがとうございました~

グリーンプロジェクトのイベント最終日はヨガクラス
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その日は、早朝よりワールドカップの『日本 VS デンマーク』があった。

5時ぐらいに目が覚めて、練習しようと準備しながらふと、ツイッターを見てみると・・・

「日本頑張れ!」

って、みんなつぶやいている!ああ、そうだ!

と、テレビを付けて見る。「2対0」だ!!
その後、両チーム入れて盛り上がって決勝リーグへと日本は進出を決めてた。

気分のよい中、練習を始める・・・

「みんな、これを夜中から見てたら・・・今頃寝てるな・・・」

軽く練習を終えて会場へと向かう。ルーセントタワーだ。

定員もすぐに満員になってくれたとのことで嬉しい限りだ。

多くの参加者がヨガをしたことがないだろうし、初めてのヨガとの接点だろうから緊張が走る。

ポーズだけを体操のように繰り替えす、それをDVDの映像のように見せてマネをしてもらう
ようなクラスだけはしたくなかった。

感覚から、その感覚による自分の反応から、その反応から得る知識から、
その知識がヨガの智慧と結ばれなければならないのだ。

ヨガやロハスを伝えるNPO法人のNaYOGAの坂野さんが言った。

「今日参加した人が得た印象がヨガのすべての印象になるでしょうね。
細くて華奢な人ではなく、でかくてゴツイ人がヨガインストラクター」

それを聞くと、ちょっとゴメンナサイと思ってしまう。細くて、穏かで、東洋っぽいのが
みんなのイメージだからだ。

でも筋肉質の人は固いという固定概念を壊せるのは自分だと思ってもいる。

身体の堅さは、心の堅さなのだ。良い意味でも、悪い意味でも。
誰かの為になりたいと強く思って、その思いに固執して頑張ったとしても身体は堅くなっていく・・・

心と言葉というユニークな働きを手にしてしまった我々は仕方がないのだ。

日常から意識して身体のメンテナンス。心のメンテナンス。
・・・している人は幸せになっていく。。。世の中は不公平の中でバランスを保っているのだ。

このワークショップのテーマは5感を意識する。特に触れる触感。手のひらの感覚だ。

なので、肩とか堅い人でキツイ人もいたと思うけど、ダウンワードフェイスドッグは必須だった。

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参加者アンケートの80%の人が大満足してくれたのは嬉しい。

色んな意見をもらえるのは、もっと嬉しい!

 久しぶりに身体を動かせて気持よかった。これからヨガを始めたいと思った。自分にプラスにな
る1時間だった。

 凄く気持ちよかった。たくさんの筋肉を使ってストレッチとは違うところが良かった。

 仕事前のヨガとても気持ちよかった。身体が伸びた。眠気も醒めました。

 とても気持ちの良い時間でした。五感を感じることはなかなか普段は出来ないので、意識してい
きたい。ありがとうございました。

 朝活動して身体の中心から目覚めさせるのがこんなに気持ちが良いのかと、ちょっと感動した。

 スッキリしました。

 とてもリラックスできた。

自分自身も、『未来の食卓』上映会&トークショーと今井美香さんの『攻めのカラダづくり』に参加した。

今井さんはヨガも受けに来てくれた。
お互いに何かを提供するもの同士、参加しあうというのはとてもいい。

特にヨガはコアの意識と機能を高める動きが多いから
上半身と下半身の連動を感じれないジョガーの為にはとてもよいエクササイズになるはずだ。

まぁ、自分はそんなに走らないからジョガーの皆様を中々説得できないと思うけど。

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いつもMySOUL8の教室の中での同じ環境のクラスなので、違う状況でのクラスは楽しかったです。
明かりをどうしたらいいか?向きをどうするか?音は?iPhone使えるの?温度は?などなど・・・
こういった機会を作ってもらえたNaYOGAの坂野さん、グリーンプロジェクトの剱持さん、
スタッフの人々、クラスを手伝ってくれたMySOUL8のアッキー先生とリエ先生に感謝をします!

グリーンプロジェクトのスタッフも全員ヨガを楽しんでくれて嬉しかったです!

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