あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

2011年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年05月

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精神の印

印とは何かを現すモノだ。

名前を文字として映し出すものは印鑑と呼ばれる。

現すとは映し出したりすることで、
映し出すモノとは、印象と言われたりする。

心の働きの1つに記憶を封印することがあるけど、これも印を封じ込めるのだ。

学生時代に大恋愛をしている時に聴いたラブソングを聞くと、何か、特別な印象が湧いてくるだろうか?

人によってソレは様々だけど、
何か、想うことは確かだろう。
その思いは封じ込められた印象の力だ。

過去の記憶という、人生の1ページでこのような力を持つのだ。
宇宙の真理というと、大げさだけど、日は東から登るとか、
普遍的な事実はもっと力を持つ印象だというのは中々知ることが出来ない。

だから、逆説的に考えて見る。

もしも、明日の朝に西から太陽が登ったら・・・
自分の中に普遍的に記憶として封じ込められていた力が爆発的に暴走し、
処理出来ない事としてパニックになるのだ。

普遍的なモノを音として意味を込めて印象にするのは、恐ろしい程に力を自分の内に蓄える事なのだ。

パタンジャリのヨガの世界では、偉大で崇高なモノをイーシュバラと言い、
ソレを音にしたものを聖音オームと呼んでいる。

イーシュバラという目に見えない印象を音にする事に意味があるのかも知れない。
自分の中に封印するために…

この事を理解しているのか、
宮崎駿の「風の谷のナウシカ」で登場する象の様に大きく怒ると恐ろしい生き物の王蟲(オーム)は、
世界でいちばん偉大で高貴な生き物と印象でナウシカに表現されて、
全てを浄化するための化身のような存在としているのだ。

ナウシカ


印象の持つ力は凄い。

睡眠薬を欲しがる精神科の患者に医師が小麦粉を処方したら、睡眠薬と思って本当にすぐ寝てしまった。
というプラシーボ効果の話を聞いたことがあるけど、これも印象の力だ。

桜

我々は大地の力強さから大きな力を印象としてもらい生きているのだ。
花を咲かせる植物に変化への力を、暖かい春の風に新しさを、夏の熱い日差しに活力を、
真っ白な雪模様や静かな湖畔の水面に純粋さを・・・
日差し

雪

それらの印象を言葉に封じ込めなくてはならない。
いつでも、その力を身体が得る為に(時にソレをヒーリングと言ったりする)は、
印象となるリアルなイメージと共に言葉が大事なのだ。

私は偉大で高貴なモノへのイメージを印象づけてオームと声に出している。
別にブームでも、フームでも、アームンでも、アーメンでも、オーンでもいいのだ。

諸行無常の・・・
全ての理(ことわり)は常に変化しているという印象(イメージ)を持つ鐘の音の響きであればいいのだ。
(これは徒然草だけど・・・)

これは、慈悲(マイトリーカラーナ)慈悲ばかり言っているヨガのインストラクターや、メッター、メッタばかり言っている瞑想者や、南無南無ばかり言っている日本仏教徒に対する強烈な批判だとは誰も気づかないだろう。

印象のない抜け殻の様な言葉を発しているから、自らに力を宿す事など出来ず、日々の行動に、
意識的な部分に何らかの結果が生じないのだ。

これが、行動自体には意味がなく、その過程に意味があるというわけだ。

ん?ここで意味が解らなくなったという人もいるだろう。
その意味を理解しようとすると、このブログを全て読んでもらう事になるから今回は無情にも飛ばさして頂く。

言葉に比べれば文字の力など無に等しいと思うので、文字として好き勝手に書かせてもらいます・・・

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| [ヨギの独り言]独り言 | 13:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヨガバーンさんのテラスで休憩。

バリ島はウブドに少し滞在しました。

IMG_2117.jpg


ここはネットも出来て、ご飯もマクロビやローフードのカフェです。

名前?

分かりません。。。ヨガバーンというスタジオに併設しているカフェです。

写真の上方の2階部分にスタジオがあってレッスンが行なわれている様子。

『オーーーム~~』

というマントラが何度となく聞こえてきます。

ここ最近は数日間だけ滞在するというパターンで忙しく動いているので、ゆっくり過ごしたいな~

という気持ちになりました。

ヨガの練習も最近は自主練ばかりなので、ウブドでゆっくりすごして毎日スタジオのレッスンを
適当にゆる~く受ける生活も悪くないな~~~と、思いました。。。

夏の休みには実現させてよう!

ヨガバーンでは次の週に年に一度のイベント、バリスピリットフェステバルがあり、世界中から色んなヨギ達が
集まっていて、通常クラスも人がいっぱいです。

みんな頑張ってね~って感じで、緩い自分がそこにいます。。。

IMG_2115.jpg

写真の真ん中でアクロバットなポーズをとっているのがヨガシュワリ先生。

ニューヨークは『ジヴァムクティヨガ』のシニアティーチャーです。

自分も大好きな先生です。6月には名古屋にも来てくれる予定なのでラッキーです。

でももしかしたら・・・今の日本の状態ではキャンセルになるかもしれないですね。。

| [旅するヨギ]バリ | 15:10 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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つぶやきを・・・独り言へと・・・(4)

シンプルなことを実践するのはとても難しい。。。

自分の部屋を見渡しても・・・物がごったがえしていて、シンプルとはほど遠いのだ。

このツイートでいうシンプルなこと、というのは、単純に大事なこと。

単純に大事なこと。とは、空気みたいなもの。無いと生きていけませんよ。とか、無い人は活きてないよ、
ぐらい実は強烈な発言なんだけど、傷つけないようにさらっと言っているようにも見える。



* 10:56 シンプルなこと (1) 地に足がついていることが重要なように、
思考にも地のような基礎となる礎が必要だ。刀は磨がないと錆びるように、身体と頭にも日々の実践が必要だ。
体温がないと病気になるように、心にも情熱という熱が必要だ。 »»


地に足がつくとは、日々の生活が浮ついてなくて、過去ばかりを振り返ってなくて、未来の妄想ばかり
にふけてなくて、そして、今の瞬間を見据えていることをベースに重要だと言っている。

そして、思考パターンにも、礎(いしずえ)とうか、
自分が迷ったり選択肢に悩んだ時に支えになる考えが根底にないといけないと言っているのだ。

最近は、哲学の本が店頭によく並んでいることが多いけど、それが正に物語っている。

どっかの大学教授の熱意のある哲学のクラスの本だとかね。。。

超意訳でニーチェの本や仏陀の本が出たりしているけど、結論、考えだけでは知ることができても
分かり、理解することはできない。

磨がれた刀の輝きだけでは刀は理解できないのだ。切れ味を試さなくては。

考えながら、行動から、実践から感覚を高めていかないといけない。

そして、それは以外とやってみることはできるのだけれども、長くは続かないのだ。

長い間、努力と忍耐でもって続くためには情熱が必要になる。身体が温度を保つのは内蔵の器官と
筋肉のおかげだけど、そんなシンプルなことも考えずに、顧みずに、簡単な運動をしなかったり、
内蔵をいたわったりしない人がいる。


* 10:58 シンプルなこと(2) これら3つのことを持たない者が多い。持てませんという者も多い。
持つ必要があることすら知らない人もいる。大事だと知らずにも最初から持ち合わしている人もいる。 »»

* 11:03 シンプルなこと (3) 生活に地面は必要だし、錆びていては使いモノにならないし、
体温がなければ死んでいるのだ。
言いづらいコトを正直にいえば、これら3つのことがない人が何も為すことはできない。
何も…食物を食べなくては生きていけないのと同じだ。 »»


シンプルなことに目を向けずに、どうでもいい事や物(もっと大事なものに比べて・・・)ばかりを
追いかける人々。これをヨガ哲学の世界では、無知な人々といい、最大の煩悩の1つと呼んでいる。
ヨガはこの状態を回避して、回避するとは、避難するということで、どこに避難するか?とは、
安全な場所である。

すなわち、幸せな状態だ。

逆説的に言うならば、無知である以上、不幸せでいるのは残念ながらしょうがないね。

ということになってしまう。成すことがないとは酷い言い方だけど、幸せにはなれないね。
瞬間的な喜びとか、嬉しさとかはあるからいいよねっ!

と、言っているのだ。

* 11:06 シンプルなこと (4) それをしないでもいいよと甘くささやいたのが大国で、檻(おり)に入れて国民を家畜のように扱っているのだ。それはエサ代がかさむはずだ。借金を債務を持たねば国が…そう、国債という名の借金を。
* 11:11 という信念を持ちたいといつも思う。気を許せば、すぐ家畜のように振る舞えるのだ。ペットのように振る舞えるのだ。同じ犬でも番犬のように、狩猟犬のように、明確な役割に燃え、感覚を研ぎ澄まし、素晴らしい仕事を達成出来るよう導かれたいものだ。
* 22:10 個人の抱える苦悩などちっぽけなものだが、そうでなかったりする。世界の苦悩を考えた時に初めてちっぽけなものだと思えるものだ。これは誤魔化しているのか、すりかえているのか、嘘をついているのだろうか。


正直、日本という平和な国で生活していて家畜のようにならないのは難しい。自分でも後から読み返して、なんて強烈なことを言っているのだ!と思ってしまう。が、しかし、事実は事実。瞬間的に(ツイッターの仕組み上)、
厳しいことを言っているけど、さやしく言えば頑張りましょう!ということなのです。

頑張りましょう!

何を?

目の前にある問題。人間関係。健康維持。運動。などなど。。。

ちっちゃなことでいいから、目的を持って頑張って意識的に生活をしないと、流されてしまう。

次から次へと来るワイドショーの新しいネタに意識を置いても苦痛はないまま10年ぐらい
あっという間に経ってしまうのだ。そして、写真をみると何となく自分のしたことを思い出せる。。。

何をぐるぐる模索しているのだろうか? 全体という大きな枠で見てみたり、
個人という小さな枠で見てみたりしながら自分の位置や進み具合を確かめているのだろう。

個人の悩みは時として全体心理的に集団心理的に、コミュニティの悩みでもあり、
世界の悩みでもあったりする。やはり、ぐるぐる考えるよりもシンプルでありたいと
願うのだ。

| [ヨギの独り言]独り言 | 12:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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