あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

2012年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年05月

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NAMARUPA企画! タミル・テンプル(8)<旅の移動~>

このバンが4台で移動を続けます~

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トータル40名近いメンバーでの旅だったので移動の間にも色々なドラマがありました~

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長い道路の途中で止まって・・・

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トイレ休憩ををしたり、ココナッツを飲んだり・・・

我々、日本人グループではバリ-先生が観光や寺院の中で聞いたお話をまとめて
説明してくれたりしました。

日本と同じで長い文化と歴史があるので、色んな神々のエビソードや儀式に意味があったりします。

面白いお話や文化にいっぱい触れながら・・・

旅は進んで行くのです・・・
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| [旅するヨギ]インド | 12:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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なぜ身体が硬くなるのか?

落ち着きがなく、ジッとしはじめると何処かが動き出す人は分りやすい。

けど、穏やかな顔をして物腰もゆっくりで優しそうなんだけど、
実は我が強い人がいたりする。

本人も気づいていないから、なおのこと、どうしようもなかったりする。

まぁ、ヨガや瞑想や自分を見つける旅などを繰り返しながら経験から
自分で気づかないといけないことなので周りがどうのこうのしても
しょうがないのだけど・・・

あの人は優しそうだ・・・とか、落ち着いている・・・

とか、外からのレッテルを貼付けられて、
本人もそのレッテルに酔いしれて
エゴがさらに強くなって行くだけだったりする。

じゃあ、我が強くて、エゴが強くていいじゃないか?

と、甘い蜜のような考えが浮かぶ。

別に普段はいいのだけど、何かストレスや緊張だったり、
コンプレックスに触れるような瞬間などの、
予想できないような事態の時に、エゴは自分を支配するのだ。

甘い蜜のように自分を楽にしてくれる友人の言葉に耳を貸し・・・
しっかりと眺め、向き合って考えないといけない大事なことから
目をそらし、自分の都合のよいストーリー展開を期待する。

そのストーリーに周りの人は登場するが、
その人達の気持ちは反映されていない。。。

エゴに優しい状態でリラックスした気になっているけど、
自分は、身体は、緊張したままだ。(なぜならエゴが発動している
ということは不安・恐怖・怒りなどが自分に起こっているから)

そして、自分は気楽な人なのに・・・と、身体がかたくなっていく。。。

この硬いという意味は他の人と比べてではなく、自分の身体の柔らかい部分
(例えば手首)などと比べての意味です、悪しからず・・・

ヨガを伝える者としてたまにはヨガっぽいこと言ってみようと・・・
(と、いいつつ・・・
 いつもここで言葉のヨガレッスンをこっそりしているんだけどね。)

言葉だけで説明しても分ったきになるだけだし・・・
ヨガポーズコンテストに出ている人は、
文字を読んでも意味すら分らないだろうし・・・

その意味を経験から理解することの重要性を、
これから真剣に考えていきたいと思うのでした。。。

| [ヨギの独り言]Yoshi ヨガクラス | 10:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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痛みの先に…

幼き頃より…

植物の観察より、大人のエゴを観察する
方が楽しかった。

クラスの女子と遊ぶより、
ミクロの顕微鏡の中の世界や
石器や化石などの古代の時代と
触れ合うことの方が高揚した。

そんなまま…自分自身が大人になり、
多くの人達がひた隠しにしている、
エゴを覗き込む仕事をしている。

この仕事は…
組織や会社や社会をまとめることに…
市場を感じるマーケティングに…
個々を見つめるヨガ指導に…
新しいニーズを生みだす開発に…

まぁ、応用をきかせれば
何にでも役に立つ。

人に対する興味を持てば持つほど、
進化論など不思議な発想だし、
どの生物と比べても我々は
不思議な生き物だ。

我々が溜め込んだ、恐怖や不安という
ストレスは、色々な反応と共に…
形を変えて行き…
痛みを伴って動いて行く

痛みの量を測る基準はないというが、
痛みをゼロにするというのは
どの様な新しい反応を生みだすのだろうか?

痛みを知ることが、
月にまで行ってしまう様な発明を
産み出したのかもしれないし…

同時に…

痛みを知らない人々が、
エゴや戦争を作り出している
のかもしれない。

痛みの研究の先に…
何かあるような気がするのだ。

| [YOSHI ' S LIFE]趣味 and 興味 | 18:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2012年の入学式に参加して…

専門学校の入学式に参加。

200名近い新入生が専門的な技能を学ぶのだ。

みんなどの様な気持ちなのだろうか?
ついこないだまで高校生だった子達が、もう社会を意識して学ぶのだ。

当時の自分は、壮大な理想だけを持って実際は何をしたらいいか分からない、
右も左も知らない世間知らずだった。

親戚すべてが商売人ということから、
商人としての道へと行くんだろうなーという流れのなか、
なぜに数学が得意だからって理系に行くのか?
というシンプルな疑問のなか、
よく分からないが、経営学部でしょ!

と、学校の先生や親が反対する中、
センター試験前に文転したのが
唯一の自分の判断だった…

今、思うと、そりゃ担任としては、
一人でも国立大学に合格して欲しいわな…と思う…

大学行っても、学生の身分を利用して遊びまくっていた・・・

税金とか、費やした時間に比例して労務というものが発生している
なんて考えずに無限にある時間を学生ベンチャーみたいなものに費やしていた。

自分は全てを知ろうとする人だから、
何でも、表も裏も知ろうと、みようとしてしまう。

正直、これから国家資格を目指して頑張る学生が、
どこまで社会の厳しさを知る必要があるのだろうか?
世界の壮大さを知る事は、同時に世界の醜さを知る事でもある。

世界中に愛情を捧げることは、世界中の痛みを知る事でもあるのだ。

それぞれの学生に、
どこまで耐えれるのか?

その基準は正直分からない。

痛みには世界基準はないのだ。

エサでつったりして、
無理矢理に光を当てて目を輝いているようには見せれるけど、
痛みや厳しさを知らずして、
本当の目の輝きを放つ事は出来ない。

約1時間の入学式で新入生の顔を見て、彼らの目を見て・・・

3年後には、目を輝かせてくれるかな・・・?

どうしたらいいかな?
と、思うのでした。。。

自分はどうか?というと・・・
帰り道での桜が奇麗で・・

それに目を輝かせているだけだけど…

| [YOSHI ' S LIFE]DAILY LIFE | 18:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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コンプレックスは生き物の様...

コンプレックスと簡単に一言で言ってしまうけど色々ある。

何か過去に願望がかなわなかった事があり、現在まで其の事にこだわっていることだったり…

嫌な思いをして、その出来事からずっと目をそらし続けていることにより未解決のまま、同じようなことがあると逃げ続けている場合など…

これらの突っかかりが原因で、
何か判断を下そうとする時に感情的になってしまう。
そして、正しい判断ができないのだ。

むしろ、このコンプレックスというもの自体が生き物の様に感情を持っていて、
自分だけでなく周りの人々までも、
感情的に影響させて行き、不安や恐怖を
誘い、願望や欲望を誘発していく。。。

この生き物を見えるようにならないと、
正しい人間関係など築けない気がする。

お互いに我をぶつけ合う中、
他方が我慢して(これも我をぶつけているのだけど…)生きていかないといけない。。

1年ぐらい、この生き物を見つける作業に専念した方が、別の数十年を楽しく、より良い環境で過ごせるのではないか?
って、老婆心ながら思うのだけど…

結局それも、エゴが邪魔するんだな。。。

| [ヨギの独り言]独り言 | 17:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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