あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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読んでみたくなった本 『武士の娘』

ジャーナリストの 櫻井よしこさんの記事でお勧めしていたのがこの本

『武士の娘』 杉本えつ子著 大岩美代訳

明治以降に生まれたのですが、江戸時代から続く、
長岡藩の家老の娘として生まれ武士の娘の教育を受けたえつ子さんの生活より、当時の教育感が理解できるというものです。

いつも思うのですが、その時代に登場する人々というのはその時代における人種の何%にあたるのか?例えば、この江戸時代の末期から明治初期の頃の武士は、日本人の全人口の何%にあたるのであろうか?江戸の文化イコール(=)日本の文化なら江戸の人々は全国の何%ぐらいが密集していたのだろうか?

平安時代での公家や僧などの文化人は総人口の何%ぐらいの人々を言うのか?

いかにも、平安時代のすべての人が公家の人々であるような教育をされてきているので、
いつも疑問に思っていつか調べたいと思いつつ・・・・まぁ、徒然なるがままに日が過ぎていきます。

話は脱線しましたが、主人公:杉本えつこが、幼少によりする教育。これは知識をつけるというより、知識をつけるという名目での「心を制御する」という精神修行のようにも感じられるものですが、
櫻井よしこさんの印象深いという部分は・・・・

えつこの飼っていた犬の具合が悪くなったときの話だそうです。そして、自分もこれは興味深いと思いました。

「起き上がれなくなった犬の”白”に、えつ子は自分の部屋から絹の蒲団を持って行ってかけてやります。それが祖母の耳に入り、えつ子は祖母に呼ばれるのです。<<「白に分を超えたことをしてやっては、大変な不親切になることをお判りかえ」>>
「分をわきまえる」というのは、四書を学ぶ場面でもでてきた言葉です。

輪廻を信じ、一切の生き物は人間も含めてすべてそれぞれの分限を守らなければと考えられていたのが当時の人々でした。

そこで祖母はえつ子に、<<現世の苦しみは前世の罪業の償いであり、また来世のためである>>と教えました。

もし人間が、動物の分限を超えた扱いをすると、相手は今の苦しみによって前世のとってかえって悪い影響を与えてしまうというのです。こうした価値観ゆえに、日本人は辛い境遇を真摯に受け止め、節度を持って前向きに努力してきました。

恵まれた環境にありながらも感謝をせず、かえって不平不満を抱かえている今の日本人の姿とは対象的です。



とあります。今の大部分の人々が、江戸後期の大部分の誰(当時は士農工商に分かれた)に当たるのか? 

によって、置かれている状況が違うとは思いますが、当時の武士の人々の家では、輪廻の発想がしっかりあったのは面白いと思いました。ヨガでいうところのカルマの発想です。

犬には犬としての一生をまっとうさせる、猫には猫としての一生を全とうさせることが、相手に対する尊敬なのだということ。

まさに、自分の中にある神が、相手の中にある神を敬い挨拶をするという、インドの挨拶、『ナマステー Namaste』の精神は、武士であろうと、士農工商関係なく、培われたアジアにおける共通的な発想なんだなぁとおもいました。

今の人々においてよくみられることとして、犬に洋服を着させたり、たらふく餌をあげて喜んだり、している人を見かけます。

表面的なその行為はいいと思いますが、その過程において、”自分と相手”という発想があるか?相手とのコミュニケーション(相手の個性を見たり、状況を感じたり、立場を考えたり、などの尊敬)があって始めて何かが伝達されるのだと思いました。

自分がしてあげたい。自分が、自分が、自分が・・・・

これでは、どんなに長時間話をしても無意味というものです。

さすがに、現代では犬が寒いだろうと蒲団をかけてあげて、それは、飼い主のエゴだ!犬は家畜としての立場がある!来世の為に分(身分)を超えることをしてやるのはよくない!というのは、
言いすぎだと思いますが・・・

自分も昔、1週間ほど犬の世話をたのまれた時に、犬が太りすぎだったので、1日1回の少量の餌と大量の運動を犬にさせたときは、周りからは非道だどいわれましたが・・・

自分も可愛がっている犬が長生きするようにと、そして飼い主が長く一緒にすごせるようにと心を鬼にしてした行動は表面的にはヒドイ人というように見えてしまうことは身をもって感じました。

飼い主からも、もう預けないといわれ・・・・・

信念を持って行動しているので、それは気にしませんが、残念なのはその飼い主が自分の犬に対しての尊敬がないことでした。分をわきまえるとか、相手としてみるとか、ではなく、ただ『自分が』可愛がる、『自分が』あげたいから餌をあげる・・・・自分が、自分が、・・・

まぁ、そういう人の方が、その自分すら大切にしてないのですが・・・

自分は子供がいなのでよく分からないですが、この感覚でもって、日本の子供達がもし育てられているのならば・・・・ゾッと寒気がします・・・・

1人の子供に対して「分をわきまえる」、すなわち分限を守られるという尊敬がされていないのでは?

小さな親切、大きなお世話・・・・

自分もしてしまうので、大きく反省です・・・・
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