あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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10月クラスの焦点


自分に問題が起こった時、予想外のことが起こった時、天災が起こった時、
それでも日常は変わらずやってきます・・・

そんな時に、どれだけ気持ちにスペースがあるかで・・・
その困難を乗り越えれるのではないかと思います。

困難が目の前にあるのに、目を逸らしていたり、気づきさえしていないのは
自分に問題が起こっている状態です。

そのスペースをより広げるのを助けくれるものの1つに師と思えるモノからの言葉があります。

ここ数年、ヨガ教室の環境をより素晴らしいものにしたい・・・という願いの心の支えに、NYの
ジヴァムクティスタジオの創設者、シャロン先生とディビッド先生がいます。

ジヴァムクティのスタジオの歴史を聞いて、
MySOUL8での色々な試みと類似するものがいっぱいあり、
いつも驚かせられます。

毎月、『今月の焦点(Focus of the Month)』 として世界中のジヴァムクティの先生が
クラスをよりよいものとする指針としてこの文章をHP上で公開しています。

このテーマをヨガのアーサナを通じてどうやって通常クラスで表現していくかは、
先生の経験と想像力を組み合わせた創造力というわけです。

自分も、ヨガの先生は単に世の中でのきれい事を並べて伝えるのが仕事ではない。
過去の秀でた聖典と言われるものの教えを自分の言葉に変換して伝えるのが大事だと、
怖い顔して言い続けているので・・・・
本当にシャロン&ディビッド先生は同じ線上にいるんだな・・・・と、勝手に親近感を感じています。

と、前置きが長くなりましたが・・・これが10月の内容です。
ジヴァムクティジャパンのHPに直したものが載っていますが、自分の意訳と比べてみても
面白いかもしれません・・・
October.jpg
Non-Violent Communication (傷つけることのないコミュニケーション)

  スピリチュアルな実践の鍵となる行動に、非暴力的なコミュニケーションがあります。活動家は変化の為に活発に働く者をいい、スピリチュアルにあるというのはすべての生きとし生きるものとのつながりを感じるということです。前向きに、人生に素晴らしい信念を与えてくれるような、相互的に有益な方法で、自分自身とすべてのものとのつがなりをより意識的にすることを促す、スピリチュアルな実践は活発に機能してゆきます。 スピリチュアルな実践者であるということは、皮膚で仕切られた自我によって動くというよりむしろ、魂の揺さぶりによって活動することをいいます。 この非暴力的なコミュニケーションを通じて、すべてのものの為に自我を開放してゆくこと、その意識を高めていくことを、スピリチュアルな実践者は続けて生きます。

    動物達や自然界への我々の洞察や扱い方がスピリチュアルな進化への最大の妨げになっています。 毎日繰り返されている動物への恐ろしい虐待についての情報を得た時、多くの人々は絶望感を感じ、圧倒され、自分達の無力さを感じます。また、その行為をする者達に怒りを感じ、攻撃的になりたがる人々もいます。 これらの感情によるリアクションとしてどちらも動物達のためになるポジティブな変化をもたらすことはないです。 唯一、実践的な慈悲の意識を通じて、その同じ立場に立つという経験や、すべての生き物(動物を含む)へと慈悲の気持ちを表すなどの経験に気づくことによって、あなたは人々の意識や心へと影響させることができます。 違う表現をすると、ポジティブな変化はあなた自身より始まる必要があるでしょう-あなたは慈悲の心の化身とならなければいけません。 パタンジャリ師はヨーガ・スートラ2章‐33項にてこう言っています。『否定的な想念によって妨げられるときは、反対のものを考えるとよい。』
(*否定的想念によって攪乱(かくらん)されたときは、反対のものが念想されるべきである。(インテグラル・ヨーガ(P.112)

    憎しみ、怒り、または暴力を振舞いたいという欲求のような、暴力的な感情などがあなたの身の回りにあるときは、マインドの状態が逆にあるように努めてください。 他の人々の親切心への振舞い方の可能性を信じ、あなた自身の親切心の表現力を高めてください。 他の人々が自分自身の無知から気づいていく様子を希望でもって見守っていきましょう。 もしも否定的に彼らを見るならば、あなたの彼らへの感じ方というものが力を持ち、それが彼らからあなた自身をより遠ざけ、賛同しない者という対極にいるものとしてしまうかもしれません。(優れた役割を担う者となるかもしれないのに・・・)。 あなたが動物達を擁護するときには、他の人々より嘲笑されることが最初あるかもしれないです。 しかし、このからかわれるということが、あなたの説明する技術を磨きあげてくれます。 情報に基づいて、思いやりのある伝え方で菜食主義や動物愛護のメッセージをしっかりと表現するようになっていくように育ててくれます。 もしも、ヨガ、動物の権利の主張、菜食主義などに関して効果的に伝えるものとなりたいならば、すなわち、スピリチュアルな実践者になりたいのであれば、これら(以下の)考え方は目標を達成するのに役立つかもしれません。

     1.耳を傾けること: コミュニケーションの核心。  あなたが述べたい事がらと異なった内容を理解しあうように心がけましょう。  伝える者ではなく意思疎通をする者であるように務めましょう。 意思疎通をする為には、どこから発信者が伝えることが聞こえてくるのか、受け取る側はそれを聞けるようになければならないです。 気持ちを同調して耳を傾けることが結果として、単なる見た目だけの現れではなく根本的な原因を変えることができるようにとつながります。  あなたがある方向へとの変化を感化させたいと望む人々への傷つけることのない意思疎通は、その過程においてああなたを変化させていきます。その変化とは、例えば、相手の気持ちに同調していく能力を育ててくれたりします。 それらの過程と共にあるコミュニケーションが、相手とに意見の相違を縮めてゆき、おおいなる気づきの存在へと導きます。 
    2.意識すること: コミュニケーションの手段。 あたたが他の人々と話す時、自分自身へ問いかけてください。  彼らと話す時に、彼らが自分自身をどう感じて欲しいのか?  マーティン・ルーサーキング・ジュニアは、アフリカ系アメリカ人を(奴隷として扱われていたことに対して)犠牲者として見ませんでした。 むしろ、強い者であり、健全なものであり、申し分ない者であるとして見ました。  マーティン・ルーサーキング・ジュニアにとっての目標への彼の活動を遅くすることだと知っていたので、憎しみに時間を割くことをしませんでした。  彼はすべての人種が調和のとれた状態で共に生活する新しい世界を心に描き(同時のアメリカは、バスで白人と同席できなかったり、座るエリアが違ったりするぐらい平等ではなかった。)、その崇高な夢から人々に語りました。  キング牧師の話を聞いた黒人達は、キング牧師が見る世界にある黒人の姿のように自分自身を感じました。 黒人自身が不当な差別社会の被害者のままであるというよりむしろ、社会において然るべき地位を獲得しているという理想像と望みでもって、彼らが公的な権限を獲得することができました。  謙遜的な振る舞いと尊重する振る舞いだけが効果的なコミュニケーションを可能にするでしょう。  ヨガや菜食主義などのメッセージを誰かに伝える時、伝える人達に非難された気持ちにさせたり、裁かれたりされた気持ちにさせないようにしましょう。 むしろ、気づきのある状態へと導く意識的な選択ができる能力が向上するよう意識させるといいかもしれません。
    3.見ること:コミュニケーションの表現力。 世界を良い人と悪い人に分類することや、犠牲にあう人々と犠牲にする人々という分け方をすることは、ヨギとして平和な調和のとれた状態を求める我々にはない、より隔てられた(分けられた)状態に単に終わっていっているといえます。 菜食主義や動物の権利をあなたが誰かに語るとき、無知であるとか、冷酷であるとか、凶悪な存在であるとかで彼らを見るべきではありません。 それよりむしろ、思いやりの目を通して、彼らを聖なる存在として、親切にすることが可能であるものとして見て下さい。 たとえ、彼らが肉を食べていたとしても、それが一時的な状況としてそれがあると見ることはできないでしょうか?  あなたがもし、彼らが潜在的に慈愛に満ちて、哀れみのある者だと見てあげれなかったら、彼らが自分自身を慈愛に満ちて、哀れみにあふれいているとあなた自身がどうやって期待してあげれるのでしょうか?
    4.至福(無上の喜び):成功したコミュニケーションがもたらすもの。 エクスタシーとは存在するものの純粋な基盤となるものです。そしてエクスタシーはいつでもあなたの内側で脈打っているものです。 それを認識し、他の者の内側にある無上の喜びを祝い、自分自身の内側にも見出しましょう。 他の人を手なずけたり、言いなりにしたり、利用しようとしないことが、彼らに本当の姿への内観をする権利を与えることになります。そして、そうすることにより、あなた自身が喜びに包まれて同じ経験を与えられます。 もしもあなたがスピリチュアル的に一歩進んで1つの種としての生存を望むならば、その偽りから自分自身を解放しないといけません。その偽りを残りの人生から切り離すことです。 気づきを見いだす可能性が自分自身の中にあると認識し、他の人々が気づきを見いだすための装置として自分の人生を費やして専心してください。 あなた自身に、相手の気持ちを理解し共に喜ぶ巨大な気持で満たすことによって、あなただけでなくすべての人々へとその気持ちを持つ人を広げていき、理想の世界を築いていってください。  開放してゆくこと(気付いていくこと)、モクシャ(解脱)はヨガの最終目標です。 そして、エクスタシー、至福はヨガによりもたらされるものです。

ー Sharon Gannon, adapted from Yoga and Vegetarianism
ー シャロン ガノン,ヨガとヴェジタリアニズムより
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| [ヨギの独り言]Yoshi ヨガクラス | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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