あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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メッター基金(Metta Trust)を始める。

最近はツイッターばかり更新されていて、ブログが中々更新されていない。

こんな人は全国、全世界に多いのではないであろうか?

さて、メッター基金とは?と思うかもしれない。

小さな、小さな募金活動というのが分かりやすい。

仕事でもプライベートでもインドネシアのバリに関わらせてもらっていて、
何かこの土地(バリ島)に恩返し的なことはできないかな?

と思っていた。

2年前に夏にバリ島はウブドに行ったときに、ネットでヨガレッスンしますよ~って告知したら、
参加したい!という方がいてくれたのでヨガレッスンをした。

その参加費を募金という形にしたのが始まりだ。

ヨガを生活の糧としている人には申し訳ないが、自分にとってヨガは生活の為の手段というよりは、
よりよい世界を広げていく活動を目的としている。
だから、何人生徒がクラスにいるとかよりも、参加者の意識の方が問題だし、
講師養成でどんどん先生を送り出したり、ヨガインストラクター派遣先を探すことより、
ヨガの素晴らしさをちゃんと伝えられる講師を育てることのほうが重要だったりする。

こういった行動が、結局、自分の精神を安定させてくれているのだけど、
自分がかける情熱は愛情というよりは、友情に近い。

この友情という感覚をサンスクリット語にすると「Maitri」、パーリ語にすると「Metta」となる。

日本語にすると『慈』と表されるけど、慈しみ(いつくしみ)という意味は、慈愛であり、
わが子を愛するような気持ちのこととあるけど、我が子への愛情には人数に限界があるから、
『友情のような優しさ』と考えるのがいいと思う。

いつも多くの楽しみと共に利用させてもらっているバリに、もしも恵まれない人達がいるのなら、
優しさでもって何かしよう!という気持ちで始まった。

ヨガにはカルマ思想というものがあり、何かの行いはそれが良いものであれ、悪いものであれ、
波紋のように広がり、結果という形を成していく。

良いと思われる(ポジティブな)行動は、何かしらのポジティブな力を自分に、関わるものに、
周りの環境に、影響していくと思う。

すなわち、カルマヨギの実践の1つだと思う。

2月にバリ旅行を企画した。

参加者の方々はお金を払ってヨガレッスンを受けてくれた。

自分もヨガを教え、アッキー先生もヨガを教え、アヤ先生もヨガを教えてた。

そして、ヨガレッスンの参加費用の半額をメッター基金へと預けることに決めた。

こないだ高校時代の同級生と話していたのだが、
日本人は恵まれている。こんなに恵まれて産まれてきているのは世界の人口の何%だろうか?と。
だから我々は感謝をして、恵まれない人などに何かをするべきなんだろうけど・・・

ここまでは、実はみんなうっすら思っていることなのだ。

自己満足でもいいから、募金をしたり、良いと思われることはしたほうがいいと思う。

でも、やるからにはちゃんと大きなことでないとした気がしない・・・

実際、何をどうやったらいいのだろうか・・・

ユニ〇フに払っても、90%ぐらいは事務管理費で裕福な人々が持っていくのだろう・・・

頭であれこれ考えて何もしないよりは、何か行動に起こした方がいいと思う。

あれこれ考えて何もしないのは、最初から考えることすら出来ない人より劣る。

その点、自分は恵まれている。

分かりやすい形で、シンプルな形で、始めるのだ。

基金と言っても、組織があるわけでもなく、取り決めがあるわけでもない。

単純に言って、集まったお金を必要と思われるところに手渡しするのだ。

こういった活動はスタジオを始めた頃、4年前からずっとしていた。

本当に渡されるか分からない募金よりも近くで必要な人達に渡そうと、寄付したこともある

今回も、すでにある基金や施設にお金だけを渡してくることも出来たけど、
アッキーに足を使ってバリのウブド周辺を回ってもらった。

必要としているところに、直接手渡しできれば、100%渡すことができる。

ウブド中をめぐってもらったアッキーは大変だったと思うけど、
すがすがしい顔をして喜んでいた。

ウブドから離れた、バリ島の北東に位置するトランベンという村がある。

土地が火山灰で水がないバリ島では最も貧しい村の1つだという。

どのように貧しいかは、この土地を支援している日本人の井上さんのサイトを見て欲しい。

ヨガに参加した人達は、まさか参加費用によってこんなに喜んでくれているバリ島の人々がいることを
レッスンしているときは知らなかっただろう。

morita38_thumb.jpg

参加費用というものの使い道という行為が少し違う方向に向くだけで、
多くの幸せな笑顔を見ることができるのだ。

ボタン1つで町を破壊する爆弾を放てるものもいれば、ヨガレッスン1つで幸せをもたらせれるのだ。

誰かは自己満足とこれを呼ぶかもしれないが、自分はこれを教育と呼びたい。

マザー・テレ〇は日本人を最も不幸な人々と呼んだとか呼んでないとか・・・

笑顔を見て幸せを感じれる、優しい親しみ(メッター)を感じれる人は確実に幸せものだ。

昔、寄付のヨガレッスンをしていたとき、どこに寄付するのですか?
する場所によっては参加します!という人がいた。
もちろん、結果は大事なのだが、もっと大事なのは原因から結果へと流れるプロセスなのだ。

いまだに、バリ島でのリトリートを楽しかったと言ってもらえる人々。

喜んでメッター基金への募金へと払ってくれたカルマヨギ達。

バリ島を駆け巡り、寄付先を見つけ、お金を必要と思われる物に変えて、運んでくれたアッキー

決して楽なことではないと思うけど、出来ないことではない。

何をしたらいいのだろう?と、たたずんでいる方が難しい。

そういったサイトを見てみるとか・・・

バリ島、寄付、基金、などのキーワードで検索してみるとか・・・

すべての困難は無知が原因なのだ。知らないというのは罪だ。

すべては関係しているのだ。無関係であることは不可能なのだ。

つまり、関係は無限大に可能であり、できることも無限大なのだ。

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