あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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8月のヴィンヤサクラスのテーマ

今月のテーマは『祝福を与えることの大いなる力』

アメリカではクシャミとすると、Bless you!! って幸あれっ!見たいに言ったりします。

日本では誰かを祝福するって言われても、ピンとこないかもしれません。

○○さんが健康でありますよ~にっ!

とか、

有り難う!○○さんに感謝します!

・・・的な感覚が日本の人々の Giving Blessings のニュアンスかもしれませんね。。。

シャロン先生もよいテーマを与えてくれます。

今月は途中で訳する力が尽きてしまいました・・・途中から、Akkie の訳です~

【The Magical Power of Giving Blessings】

ヨガのプラクティショナー(ヨギ)にとって悟ると実感するということとは、生きとしいけるものが1つと感じることです。 このヨガを練習する人々の立場において、すべての分離されたものとは自己とその他の展開されたもの(プラクルティ:自性からの展開されたもの達)です。 ヨギは(彼/彼女)自身をすべてのものが統合し1つであると実感し、そして、世界(プラクルティ)はもはや外に流出しない(展開しない)のです。 私はかつて多くの人々が聖者であろうと考えてられている人から手紙をいただきました。 「親愛なるシャロンへ」というような一般的な挨拶から手紙が始まるのではなく、「あなたという形状でおられる親愛なる私へ」という挨拶から文章が始まっていました。

ヨガの練習の為に役立たせる為には、何がヨガの最終目標への障害となるのかを知ることが不可欠であり、その障害から打ち克つ方法をヨガの練習生(プラクティショナー)に指し示さなければなりません。 すべてのものが1つであると認識すること(ヨガ)への主な障害は他の者達と自分自身の自己とを別のものとして感じてしまうことです。 その理由から自分以外のもの(別のものと思ってしまうもの)をなくしていったり、少なくともこれらの別のもの達が本当に誰なのかという認識を浄化したりする手段としてヨガの練習がないといけません。 その認識が浄化されたときに自分の周りに実際に登場するすべてのものが自分自身の内側からわきあがったものであると気づくでしょう。 自分自身の内側で起こることというのは自分の外側の世界で現われる人々の影響をうけているのです。 なので、もしも誰かの振る舞いが気に入らなかったり、本当に彼らの振る舞い方を変えて欲しいと思うようなことがあれば、それは自分自身の過去から浮かんだ幻影のように彼らは振舞っているに過ぎないと認識する必要があります。 彼らが変わるようにわざわざせがまないようにするべきです。 それどころか、自分自身の彼らへの振る舞いを変えることによって自分が彼らに望む変化を開始するべきでしょう。 幸せを祈っていくという練習はとてもよりよい練習方法でしょう。

ただ単に祝福を受けとる人のためだけではなく、だれかの幸せを願う人自身のためにも祝福していくという行為には偉大な力があります。 だれかの幸せを願っていくことは喜ばせることなのです。 幸せを祈っていくことを通じて無限の愛は微細なエネルギー的に1つの身体から別の身体へと送られます。 周りの者の幸せを願っていくことを通じて、愛の送られる道を形成することが彼らを大いなる存在へと導けるでしょう。 そして、その愛が送られる過程において、あなた自身が大いなる存在となるのです。 なぜなら、その微細なエネルギーが送られる道はあなたを始まりとして伝わっていっているのですから。 声を発して誰かの名前を呼ぶのはものすごく強力な行為です。 もしも自分の名前を呼ばれたら多くの人は振り返らずにはいられないでしょう。 日々の感謝を誰かの名前と共に行ったのなら、継続的な時と共に人生に関わる人々やあなた自身を大いなる存在へと導くというポジティブな結果を、その行為の特性は生み出します。

祝福の与え方を説明しましょう。私はそれを“
祝福するための瞑想“と名付けました。楽な姿勢で座り、目を閉じ、呼吸に意識を向け、全ての吸う息と吐く息を感じましょう。最初はあなたが良く知っていて、愛している人達から始めましょう。その方が祝福を与えやすくなります。声に出さずに、吸う息で”祝福を与えます。“と唱え、吐く息でその人の名前を唱えるのです。何度かそれを繰り返し、あなたの祝福の相手を広げていきます。家族や友人、それから他の人、例えば昔の恋人、近所の人、仕事上の上司や部下へ。他の人には、あなたが現在あるいは過去において難しい関係にある人を含めることを忘れないでください。あなたがその人達の名前を呼ぶと、その姿が目の前に浮かぶことでしょう。やがて着実に練習を続けていくと、あなたは彼らの姿だけではなく、その存在すらも感じることができるようになるでしょう。彼らとの間の困難な問題は、段々と消え去っていくでしょう。そうして時が経つと、あなたが気づくのは、彼らに実際に出会ったとしても、彼らとの関係は不思議なことに劇的に変わってしまっているということなのです。あなたはお互いの交流に新たな安らぎを見いだすでしょう。彼らはあなたにとても友好的でしょう。他の人があなたの外側から現れるという感覚は、彼らが本当はあなたの内側から生じ、現れてくるということに気がつくにつれて、減っていくでしょう。

でも、すぐに効果が現れることを期待しないで下さい。忍耐が、あなたが新たな現実を育む際には重要なのです。全ての行い、それが思考のように精妙なものであろうと、言葉や行動のようにもっと形あるものであろうと、それは土に植えられた種のようなものであり、やがてあなたの存在の根底をなすようになるのです。種は育つまで時間がかかります。そして、健康的に成長するための時間だけでなく、種を育てる正しい栄養も必要です。継続的な愛情を込めた手入れは、ポジティブな結果を生むでしょう。あなたが植えた種が芽を出し始めたとき、あなたは喜びを持って見いだすのは、(訳注:先ずあなたの心の中が変わることにより、その反映として外部に存在する)周りの人々が成長し始め、彼らにこうあって欲しいと思う人々へと昇華する様子です。そしてあなたは、あなた自身も既になり得た自分であったことを見いだすのです。


-Sharon Gannon

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| [ヨギの独り言]Yoshi ヨガクラス | 11:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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