あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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名古屋のアシュタンガヨガの現状。

この内容を書くのは自分の目に映った状態なので、ある人からは反論や異なる意見があるかもしれない。

それは違うと思う人がいるかもしれないが自分の心に閉まっておいてほしい。

間違っていれば、自分の目が曇っているだけだろうし、想像している部分もある。
それもいずれは結果として自分で自覚するだろうから・・・そっと見守ってほしいのだ。

そういえば、二アからメールが届いた。

どうやら、二アはインドで奮闘しているようです。

サンスクリット語でのカウントをみんなの前でするのも初期に終わったようだ。

今年からインドでオーソライズ(認定)の為のTTがシャラスの元で始まった。

そのせいか、9月のシャラの再開は満員だ。

10月の終わりまで・・・・

世界中のオーソライズされたいティーチャーが集まる、集まる。。。

オーソライズなんて雲の上の存在のプラクティショナーにとっては
迷惑な話だ。あの真剣な場所での練習が好きなだけなものにとっては・・・

二アが言うには、世界中から色んなサイズの人々が集まっているから
アジャストが大変らしい。。。

二アは運よくマイソールクラスを現在担当しているけど、一般的には
新米のオーソライズティーチャーは世界中のマイソールクラスの代行の
ために世界を回ることになる。

あるものは自分でもマイソールスタイルで教室運営を始めると思うけど。

自分でも始めてもやっぱり自分の練習の為にインドに行かないといけない。
(*オーソライズティーチャーも1年半に1回はインドに足を運ぶのがルールなのだ。)
だから、トラベリングティーチャー達は世界中を巡る。

自分の練習の為に・・・とっても良い響きだ。

そんな意味のマントラはないものか・・・

玄関に飾りたい。

現在、トムのマイソールクラスも好評だ。

自分も日本での仕事をささっと片付けて飛び出したいものだインドへと・・・・・

マイソールクラスとは同じ時間に毎日(せめて週3回~6回)同じ練習を繰り返す。

違うのはむしろ日常だ。出会う人、食べるもの、見るもの、読む本、する仕事・・・

それらの影響が体に及ぼす変化を、時に前日の練習が及ぼす変化を観察する練習なのだ。

そう言った練習の本質を知らずに名古屋では始まってしまっていたのだ。

アシュタンガ・ヴィンヤサヨガというものが。。。

正直言って、4、5年前には自分も理解していたか?というとノーだ。

アシュタンガヨガの決まったポーズをカウントにあわせて練習するスタイルのレッドクラス。

これはあくまでマイソールクラスでの自分本位過ぎるスピードと呼吸を調整するクラスだ。

毎日するのもちょっと違う気がする。

細かいポーズのポイントなどは毎日していれば段々見えてくるのだけど、やっぱり気になる人は
レギュラークラス(アシュタンガ初級やアシュタンガベーシックなど)を受けてみればいいと思う。

数ヶ月参加してみて、慣れたらマイソールクラスに参加したらいい。

アシュタンガとはヨーガスートラ、パタンジャリのヨガのことをいうのだ。

ヨガ哲学からの知恵を練習や日々の生活に反映させないで、
どんなリアクションが練習に産まれるというのだろう?

マイソールスタイルで毎日練習すること(ヨーガスートラの自習と共に)は、
本当にすばらしい気づきをもたらしてくれると思うがヨガ講師でない限りスートラの勉強をするのは大変だ。

((ヨガ講師でもスートラとは何かすら言えない人もいる。))

だったら、1回で1レッスン完結のヴィンヤサヨガに参加したらいい。
アーサナの順番が決まっていないので伝えたいヨガ哲学(ヨーガスートラ、ウパニシャッド、マントラ、
ハタヨガプラティピカ、ベーダーンタ、なんでもよい!)をポーズで理解を深めるのだ。

バンダを理解するものでもよい。呼吸にフォーカスするものでもよい。

何かに1つ集中するには何かを1つ犠牲にすることなのだ。

時にヴィンヤサから離れることが(陰ヨガやリストラティブヨガ)、
逆にヴィンヤサ(アシュタンガ)をより理解することとなることすらあるのだ。

これらすべてのヴィンヤサスタイルを含めて、アシュタンガ・ヴィンヤサヨガなのだ。

時に、スートラの坐学講座なども開いたりして、
名古屋のアシュタンガヨガは、ここ数年少しずつ輪を広げている。

二アも名古屋初の正式認定者となるだろうから、信頼度ももっと上がるだろう。

もっとも、ひいき目なしにオーソライズされてもおかしくない熱心な人々はいっぱいいるのだ。
スートラもある程度理解していて、アーサナも理解していて、アシュタンガヨガ自体も理解している。

ちゃんとインドに通って、
英語を覚えてシャラス先生とコミュニケートすれば認定されておかしくない人はいっぱいいるのだ。

後はどれだけ自分の生徒とちゃんと向き合い、そこからどれだけ学ばさせてもらっているかだ。

確かにアシュタンガヨガの練習をしている人々は大衆の人々の中では相当なくらい端にいる人だ。

しかし、本質を求め、普遍なものに興味を示す人々だ。

普遍とは、広く行き渡り、何にでも当てはまり、何にでも共通することだ。

この輪が少しずつ大きくなっているのが嬉しい。

まだまだ何も知らずにヨガを始めている初心者の人を見て・・・しめしめ・・・と思う。

本質に目をむけ、自分と向き合い始めたのだ。入り口のドアを叩いた時点でその要素を持っているのだ。

まだ気づいてないだけで・・・

ここで、ヨガを伝えている人は自分には資格がないのでは?と言われていると感じるかもしれない。
そんなこといったら自分にもないのだ。自分も曇りが晴れている過程にある生徒なのだから・・・

我々は大きな海の小さな波なのだ。

少しずつ大きな波にしていけばいい。

自分が海であると感じたときに・・・

名古屋のアシュタンガヨガ界は面白いことになっているのかもしれない。

マットの上での練習は、オフザマットに影響する。


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