あるヨギの独り言

毎日を楽しく生きるヨギの自叙伝(日記)。 名古屋でのヨガインストラクターとしての生活やヨギとしての旅を続けるYoshiの成長日記です。

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ぼやき・・・

味わってご飯を食べる人がいたり、
お腹を満たすために流し込む人がいたり、
その店で食べることで満足感を得たりする人がいたり、
料理とマッチする会話を重要視する人がいたり・・・

食べるという行為に対して最初にどのように向き合うか?
それによってすべてのリアクション(結果)は変わってくる。
なにがいいか?の話は別にしておいて・・・

補足だけど、
10代の時代に比べて30代、40代につれて甘みを感じる感覚も半分以下に
落ちて行くのだという・・・(だから小さいときに濃すぎて食べれなかった
料理が食べれるようになったりするのだけど)。

ヨガや瞑想でも同じだ。
そのプラクティスに対して最初に向き合う姿勢が大事だったりする。

ヨガや瞑想を真剣に伝えようとしている人を客観的に見ると・・・
現代という時代はやれやれ・・・と思ってしまうのだ。

食の例に戻すと・・・

本当に生活を豊かにする為には・・・

美味しいものを食べる為には、価値に合う対価を払わないといけない。
食する味わいを感じれる感覚・感性を高めておかないといけない。
その料理と共に知識(食材の知識・土地、国の歴史・食する順番を考えるなど)を持たないといけない。
食がどこから誰の手を経て自分の口へと運ばれるのか?
お店の人との人間関係も大事だ。
食だけでなく、その食に合う飲料物の知識も大事かもしれない。

これは、フランス料理だけを言っているのではなく、
インドのサンバルや、日本の精進料理まで、簡単な朝食までに言えることだと思う。

と、いうように豊かにするということは、
とても面倒で、下手したら苦痛を伴い、
その苦痛を受け入れることでもある。

さて、本題へと戻すと・・・

ヨガや瞑想を真剣に伝えようとしている人を客観的に見て・・・
真剣であるが故に、その内容には辛さや苦痛が伴われるのだ。

山の頂上の景色を見たかったら、頑張って登らないといけない。
ヘリコプターで行ったら、もっと高い所から降りるのだから感動などなくなるのだ。

辛さや苦痛と向き合うことで、その先にある素晴らしき世界などに
到達しなくとも、人間関係や仕事の不満、うまく行っていない人間関係、
最初から築いてすらいない男女の人間関係。表面上の会話や共感。。。
疑似恋愛から、上から目線のもらい泣きや周りに、周りに合わせてする愛想笑い・・・あげたらきりがない・・・

適当にごまかしたり、お酒を飲んで寝てリセットしたりして
向き合わなくとも問題を先送りできてしまうのだ。

やれやれ・・・

この現代の「浦島太郎」的哀しいストーリーは自分も含め、
すべての人に当てはまると思う。

現代という、この世界は・・・
簡単に竜宮城に行けてしまう。

そんな人々に、そっと耳元で
「後で玉手箱を開けたら×××!」とささやいても中々信じてもらえない。

少し暇な時間に考えることは、こんなことばかりだ。
どうやったら、このささやきに耳を傾けてもらえるのだろうか?
玉手箱を開けたあとを待つしかないのだろうか?

でも、形を変えて竜宮城はやってきて・・・
また違った玉手箱を開けてしまうのだ。。。

やれやれ・・・
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| [ヨギの独り言]独り言 | 21:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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